右腕を怪我したロナルド君と、夜食作ってたドラルクとロナルドくんの両利きの話。気持ちドラロナかなと思った。ロナルド君が右利きベースの両利きなのマジでめちゃくちゃ超萌えると思ったので書いた。気持ち薄暗い

両利きの話

 いつもより帰りが遅いとドラルクが不思議に思っていたら、ロナルドは怪我をして帰ってきた。ドラルクが怪我にすぐに気づいたのは、彼のトレードマークでもある赤いジャケットをロナルドが左手に抱えていて、右腕に巻かれた包帯がすぐに見えたからだった。下等吸血鬼の巣を駆除しに行くとだけ聞いていたのに、帰ってきたロナルドの想像もしていなかった状態にドラルクは少し驚いた。それから、簡単な仕事だったんじゃないの? と左手でブーツのファスナーを下ろすロナルドに声をかける。
「君、腕と顔だけはいいのにねぇ」
「吸血鬼にやられたんじゃねーよ」
 ロナルドは少しばかりいらだたしげな口調でそう答えた。彼にしては素直な返答だったので、ドラルクもからかうのはやめておいた。別段面白いことが起きたわけではなさそうだったのもある。すると特別に聞いても来なければ、煽ってくるわけでもないドラルクに拍子抜けしたのか、ロナルドは気の抜けた調子で怪我の顛末を話すことにしたようだった。もしかしたら、彼の足元で怪我の心配しているジョンの方に配慮したのかもしれない。ロナルドは包帯の巻かれた右腕を無造作に下ろしたまま、左手でジョンを抱き上げる。
 曰く、樹の上に巣を作るタイプの吸血鬼で駆除が終わった後に気が抜けて足を滑らせたらしい。ドラルクが、運動神経だけは人外のロナルド君が珍しいじゃないか、と合いの手を入れると、ロナルドは悔しそうに舌打ちをする。いつもならば拳が飛んできて一死にしているところだが、そういう気分でもないらしい。
「別に着地自体には問題なかったんだ、落ちる途中で突き出てた樹の枝で裂けたんだよ」
「うわ、いたそー」
 また痛そうな怪我をしたことだ、とドラルクは思い、思いのままに言葉が口をついた。もう血は止まっているのか、血の匂いはしなかった。大方VRCにでも寄って手当てをしてきたから遅くなったのだろう。
 説明をし終え、だから大丈夫だからな、とジョンに向かって優しげな声を出しているロナルドは、シャワー浴びてくる、とドラルクに告げて浴室へと向かった。
 ロナルドが依頼に出かける前に頼んでいた夜食の用意はあとは仕上げだけという段階だった。ロナルドがシャワーから出てくる頃にはちょうど夜食が出来上がるだろうとドラルクは思い、準備に取り掛かることにした。

 ジョンとロナルドの分の唐揚げを揚げ終えるのと、ロナルドが部屋着に着替えてシャワーから出てくるのはほとんど同時だった。
「洗濯物、カゴに入れておいてよ」
 ドラルクが言うと、ロナルドは、おー、と聞いているのだかいないのだか判断のつきかねる返事をした。体が温まって血流が良くなったのか、傷口を洗ったりでもしたのか、ロナルドが帰宅した時にはしなかった血の匂いがうっすらとドラルクの嗅覚に届く。
 食卓の用意をしながら、ロナルドの方を向くと彼はだらりと伸ばしたままの右腕に左手で器用に包帯を巻いているところだった。さすがに退治人だけあってこれくらいの怪我には慣れているのかもしれない。手当の手つきは手慣れている。
「傷口開くような怪我なら縫ってきて貰えばよかったのに」
「いや、なんか縫うか縫わないか微妙な傷の深さだったんだよな」
 それにしても吸血鬼の前で警戒せずに傷口を晒すのはあまりにも無防備ではないかとドラルクは思った。実際のところ、特に空腹ではなかったし、右腕の肘あたりにぱっくりとある傷口はそれなりに深く、食欲よりも痛そうという気持ちが先に立つ。大体ここでドラルクがロナルドを襲ったとしてもパンチ一発死ぬのが関の山である。
 包帯を巻き終わったロナルドは、テーブルに用意された食事を見て嬉しそうに笑った。唐揚げはロナルドもジョンも好んでいるメニューだ。バランスを考えてスープとサラダも作ってあるが、あまり目に入っていないようだった。
「うまそー」
 ロナルドはそう言いながらテーブルについて、左手で箸を握る。ドラルクは不意に違和感を覚えて口を開いた。
「あれ、ロナルド君って右利きじゃなかったっけ?」
 いつもならば箸を持って器用に動くはずの右手はだらりと下げられたままだった。ともすれば行儀が悪くみえる行動を彼が取るのは珍しいことだ。ロナルドは少し気まずげに箸を持ったままの左手を彷徨わせたあと、口を開いた。
「肘曲げるといてぇんだよ。痛み止めはあるんだけど、別に我慢できないほどでもねぇし」
 大体俺両手使えるし、とその言葉通りロナルドは左手で器用に箸を操って、右手の時と遜色なく唐揚げを口に運んでいる。ふぅん、とドラルクは興味のなさそうに相槌を打つ。なるほど先ほどロナルドが自分を殺さなかったのは左手にジョンを抱えたままでは右腕が動かせなかったからなのだろう。いつのまにか自分がこの退治人の細かな挙動まで把握しているのを思い知らされて、なんだか面白くなかった。
「でもロナルド君元々右利きだろ? なんで両方使えるようにしたの?」
「なんで知ってんだよ」
 ドラルクの言葉に、ロナルドはぎょっとしたように目を丸くした。ドラルクはロナルドの挙動を笑いながら、口を開く。
「IQ300のドラドラちゃんにはお見通しさ、っていうかロナルドくんはペンとか箸とか帽子とか基本的に右手で持つじゃないか。だから君のこと私も右利きだと思ってたし、左も使えるの初めて知ったくらいだよ。後から訓練したんじゃないの?」
 ロナルドはドラルクの言葉に居心地の悪そうに目を泳がせる。つく必要のない嘘も、ごまかす必要ない事実も、だからこそこの退治人は隠すことが下手だった。必要とあらばドラルクに勘付かせないように嘘をつくこともできるのに。ドラルクは面白くなってさらに言葉を続ける。
「世の中には右利き向けのものが多いから、左利きの人が両利きになるのはたまに聞くけど、元から右利きならなんでまた?」
 どうせロナルド君のことだからくだらない理由に違いないと、からかえるような事実が出てきそうな気がして聞くと、ロナルドはしばらく口を結んで目を泳がせた。それから観念したように口を開く。
「どっちも使えるようにしたのは見習いやってた頃だよ」
 右手やられた時に左手も使えないとやばいだろ、とロナルドは居心地の悪そうな顔をした割には口早に返す。その様子をドラルクは不思議に思って目を眇めた。
「ロナルド君のことだから、そっちの方がかっこいいからとかバカみたいな理由があると思ってたんだが、ゴリラの割に意外にまともな答えだな」
「あぁん?!」
 ぶっ殺されたいのか?!と語気荒くいう割に手が塞がっているからか実力行使に出る気配はなかった。ドラルクはなんだか調子が狂うような気がして首の後ろをかいた。それはロナルドも同じらしく、しばらく口を開いては閉じた後、意を決したとでもいうように兄貴が、と話し出した。
「君のお兄さんがどうかしたのか?」
「いや、兄貴は怪我が元で銃使えなくなってハンターやめただろ。どっちも使えるに越したことないと思ってよ」
 それで左も使えるようにした、とロナルドは軽く付け加えた。
「でもまあ銃って基本的には両手で撃つから片手だけってのもあんま現実的じゃねーんだけどな」
 そこまで言うと話は済んだというように、ロナルドは左手でなんなく唐揚げを掴んで口に放り込む。ロナルドの所作は本当に自然だ。それまで全く使っていなかった手を利き手と同じく使えるようにするには相応の努力が必要だったはずだが、殊更に言うつもりもないようだった。
 ロナルドがこんな話をするのは比較的珍しいことだった。右手が使えないせいでドラルクを殴ってこずに、いつものように死んだり殺されたりしないことが、ドラルクの興味本位の質問を促したのかもしれないし、あるいはロナルドがいつものように右手を自由に使えないことがこの退治人を感傷的な気分にさせたのかもしれない。
 ドラルクはふと、目の前の青年が自分よりもはるか短い年月しか生きてこず、また長い年月を生きることのない人間という生き物であることを思い出した。ロナルドと過ごしていると、どうしてかそれをすっかりと忘れてしまうことがあるのだ。ドラルクは自分を襲った妙にうら寂しい気持ちを誤魔化すように軽口を叩く。
「君、本当にお兄さんのこと好きだよね…」
 若干引く、と付け加えると、ロナルドはうるせーと吐き捨てるように言った。
 ロナルドの怪我は数日のうちには回復に向かい、箸を左手で使うこともなくなった。それでこの話はおしまいになったし、ドラルクはそれで良いと思うことにした。どちらにせよロナルドが右利きであろうと両利きであろうと、ドラルクにはなんの関係もない話だった。


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