付き合ってるドラロナが飲み会帰りに、ちょっとドラルクが不安になるだけの話。ニール・ゲイマンの「愛が嫌いだ」がめっちゃよかったので、ドラルクもそういうことあるかなと思って書いた
掌の熱分のちっぽけな不可抗力
生ぬるい空気が立ち込める夜空に満月がぽっかりと浮かんでいる。ハンターギルドでは忘年会や、新年会、暑気払いなど年に数回かハンターを集めて飲み会をすることがあるが、その帰りのことだった。ドラルクは酒に酔う体質ではないし、ロナルドは酒はあまり強くない。なのでこういう時は大抵、ふらふらと酔っ払って先を歩いているロナルドの後を、ドラルクは面倒を見ることもなく、かといって目を離すこともなくついていく。
新横浜の駅から徒歩で大体七分。ギルドから事務所までもそれほど遠いわけではない。ロナルドは上機嫌に鼻歌混じりに歩いている。時折ドラルクを振り返って、特に意味もなく笑う。
「上機嫌だな」
見たままにそう話しかけると、ロナルドはまぁな、と笑う。大して面白いことがあったわけではない。酒が彼の機嫌を良くしているだけだ。ハントに出たわけではないので、彼のトレードマークである帽子を被っておらず、明るい月光が彼を照らしている。銀色を帯びた月の光はあまりにも明るいので、ロナルドからうっすらと影が伸びているのが見える。吸血鬼の目には余計だ。きっと人間が日の光の下にいる時と同じくらい、今彼の姿がはっきり見えるのだろうとドラルクは思った。
「おい、どらこう」
なんで笑ってんの? とくるりと振り返ってドラルクに聞くロナルドの声は酒のせいで舌ったらずになっている。甘さの残る声はドラルクが知らず好んでいるものでもある。
「君があんまり酔っ払っているからだ」
笑っている自覚がなかったドラルクは少しばかり動揺をしたが、ロナルドは特に気にしてはいないようだった。ふぅん、と面白くなさそうに唇を尖らせる。静かな夜だった。吸血鬼ならば良い狩りの日和だし、人間ならば静かな散歩が出来るだろう。一つか二つ向こうの路地へと出れば、人通りや灯りもあるだろうが、ロナルドとドラルクが歩いている通りには人の気配はまるでなかった。街灯もまばらだ。
こんな人間と二人っきりで、どうしてこんなところを歩いているのだろう。
ドラルクは新横浜に来る前のこの夜のように静かな生活を思い返す。堅牢な城でジョンと一人と一匹で、引きこもってはゲームをやっていた日々は、凪のように穏やかだった。ジョンと語り合う声や、ゲームの音声が、広い城内に響いて時折無性に寂しかった。今日が昨日と同じように、明日も今日と同じなのだろうと間違いなく信じられる日々はドラルクの心を浮き立たせることはなかった。あの日々を嫌っていたわけでは決してないとドラルクは思う。浮き立つことのない代わりに、傷つくこともない日々だった。ジョンと共に死ぬまでの永遠を容易に思い描けるほどの。
「おい、きいてんのかよ」
どらこう、と上機嫌に甘ったれた口調でロナルドがドラルクを呼ぶ。それから少し躊躇うように手のひらを一、二度握っては開いてから、ドラルクに手のひらを差し出した。それから問答無用でドラルクの手のひらを取る。ロナルドの手のひらは酔っているのも手伝って一瞬火傷しそうなほど熱く思える。
「ロナルド君、本当に機嫌良いな」
どうしたの? となんでもないように聞きながらドラルクはけれど静かに動揺している。月光が照らすロナルドの顔は、近づいて見なくても酷く整っている。吸血鬼にとって夜の暗闇は何の目隠しにもならない。尋ねられたロナルドは少し驚いたように、瞬きをした。月の光に透かされたまつ毛は音が立たないのが不思議なくらいだった。
死ぬまでの永遠について容易に思い描いていた時の穏やかな気持ちをドラルクはもう欠けらも思い出せなくなっている。どこにでもいる、何でもない、人がよくて苦労性で、何かあれば事あるごとにドラルクを殺す、目の前の人間のせいで。
「君が機嫌が良いと後で何かありそうで怖いな」
「なんだよ、べつになんもねーよ」
ロナルドはそう反論しながらも、ドラルクの手のひらを握ったままだった。ドラルクがどうしようか少し迷ってから、彼の手を握り返すと、ロナルドは嬉しそうに笑う。
生ぬるい夜の空気の中で、この地球上に生きているどのような生き物の上にも、月光のように一雫、一雫、時間がこぼれ落ちていく。その時間のぬるついた重さが酷く恐ろしく思える時がある。けれどその恐ろしさの全てを、目の前にいるなんの変哲も無い人間の手のひらの暖かさが凌駕する。このたった一瞬の熱が、あの永遠の安寧を焼き尽くして、おそらく二度と戻らない。
夜空に美しい満月の浮かぶ、何の変哲も無い夜のことだった。