雰囲気暗めのドラロナ。これはなんだ? 付き合って5年目くらいにルクがちょっと魔がさして、ロナくんにコインランドリーで心中を持ちかける話です。ロナルドくんは絶対に吸血鬼にならないだろうなあって思ってて、ロナルドくんも吸血鬼になる気はないので、魔がさした。
心中道中はコインランドリーにて
ピーとかん高い機械音がして、洗濯機のドラムが止まる。ドラルクはそれをコインランドリーの硬い青いベンチに座りながら見ていた。ドラルクがすぐに立ち上がらないので、ドラルクの隣で何をするでもなくぼーっとドラムの回転を見続けていたロナルドが立ち上がって、洗濯機の扉を開ける。
「乾燥機入れるか?」
このまま持って帰って、俺が昼に干してもいいけど、とロナルドは少し気だるそうに言う。あと一時間もすれば夜明けを迎える時刻だ。24時間開いている無人のコインランドリーは白々とした蛍光灯の光に照らされて店内だけが明るい。
「いや、今乾燥機に入れてしまったほうが早いだろう」
君帰ってから寝るからシーツあったほうがいいでしょ、と付け加えるとロナルドは納得したように乾燥機にシーツを突っ込んだ。洗濯機を回す時に両替機で両替をした100円玉を4枚入れて、スタートボタンを押すと、乾燥機の下で残り時間の数字が赤く表示される。ドラルクは40と表示されたその数字の間に今持っている携帯ゲーム機でどれだけのステージをクリアできるか考える。暇が苦手はずのロナルドは珍しく何か暇を潰すようなものを持ってきていないようで、回り始めた乾燥機のドラムをしばらく眺めた後で、手持ち無沙汰にドラルクの隣へと戻ってきた。
無人のコインランドリーには二人以外は誰もいないが、並んだ乾燥機の一つにはもうとっくに乾燥が終わっている洗濯物が残っていた。誰かがいつ取りに来てもおかしくはない。コインランドリー自体はロナルドの事務所のすぐ近くにあり、歩いても数分といった距離だ。40分もここで時間を潰すのは馬鹿らしいといえば馬鹿らしい。だというのにドラルクもロナルドも、ぼんやりと青いベンチに座り込んでいる。
天井に埋め込まれたスピーカーからざらついた有線が流れている。先ほどからずっと似たようなシャンソンが途切れ途切れに乾燥機の音の合間に聞こえてくる。ドラルクが忙しなく指を動かしてシューティングゲームのステージをクリアする。やり込んだゲームなので、敵の配置や最適な位置取りを覚えてはいるが、久しぶりに起動したこともあって、ところどころ忘れている箇所があり、暇つぶしには最適だ。
ドラルクの耳にも有線でかかる歌が流れ込んでくる。甘いウィスパーボイスのフランス語になんとなく意識を引っ張られる。それはありきたりな恋の歌だ。
一瞬、歌詞に気を取られて、操作していたキャラクターが間抜けな音を立てて死ぬ。被弾した、と舌打ちをしそうになった。
ドラルクはゲームをしていた手を止めて、不気味なほどに静かに隣でぼーっとしているロナルドの方に視線をやった。ガラス張りの入り口の向こうはまだ真っ暗だ。その闇を切り裂くような白々とした蛍光灯の光がロナルドに落ちて、銀色の髪が光っていた。青い瞳の中で、白い光が灯っている。水分を含んだ瞳の表面が血色の良い目蓋が上下するたびに隠されては現れる。ロナルドは少し眠たそうに目を伏せていて、そうすると睫毛が長いのがよくわかった。さっきまでこの男とそういう行為をしていたのが不思議になるくらい、この場所には熱がなかった。
ドラルクがゲーム画面に視線を戻すと、画面ではコンティニューの文字が点滅している。隣に黙って座るこの男は何を考えているのだろうとドラルクはふと思う。乾燥機の回る音の合間に、シャンソンが流れ続けている。
未知なる惑星へ行こう。見えなくなるほど遠くへ。
暇を持て余したのか、ロナルドが立ち上がって灰皿の置いてある喫煙スペースへ向かう。昔ながらのコインランドリーはタバコに厳しい最近の風潮を無視するように、完全な分煙ではなく、多少区切られたブースに空気清浄機と灰皿が置いてあるだけだ。一応は換気扇の近くなのが気遣いといえば気遣いなのだろう。この換気扇がいつも回っているせいで、夏は生ぬるいし、冬は寒い。
ロナルドは赤いソフトケースからタバコを取り出して、口に咥えて、ライターを探しているようだった。彼の呼吸音が歌の合間に静かに聞こえてくる。
「ねぇ、ロナルドくん」
ゲーム画面のコンティニューの問いにドラルクはYesを選びながら口を開く。
「二人で一緒に死んじゃおっか」
「あ?」
ドラルクの突然の問いかけに、頭が回らなかったのか、ロナルドは疑問を帯びた声をあげた。
「私と一緒に心中しない?」
画面を埋め尽くす弾を避けながら、ドラルクはなんでもないことのように言う。ロナルドはドラルクの問いが心底不可解だとでいうように火のついてないタバコを口に咥えたまま、眉をひそめている。バカな問いかけをしたな、とドラルクは思う。自分は死んでもすぐに生き返るけれども、ドラルクと共に生きているこの人間は一度死んだら生き返らない。もし心中なんて真似事をしてみても、ドラルクだけが生き返って取り残されることになるのだ。けれどそれは、いつかやってくるに違いない未来が今やってくるか、それとも何十年後かにやってくるのかの差でしかないのではないだろうか。
ロナルドは、何も答えない。別に何も答えなくていいのだと思いながら、ドラルクはゲーム画面を見つめて、忙しくなく指を動かしている。ロナルドがため息にも似た息を吸っている音がドラルクの耳に届く。
「いいぜ」
ロナルドは温度のない声でそれだけを答えた。ドラルクはせわしなく動かしていた指を思わず止める。所狭しと並んでいた弾に当たって、操っていたキャラクターは死んでしまった。コンティニューの問いがまた画面上で点滅している。液晶画面の上で、カウントダウンが始まっている。
「でもどこでやんだよ?」
ロナルドはライターを探していた手を止めて、ベンチに座ったままのドラルクを灰皿の前で立ったまま見下ろしていた。
「海とか、川とか…?」
答えるドラルクの声は掠れている。ドラルクの存外呆けた、けれど具体性のある言葉にロナルドは呆れたように少し笑った。
「確かに、再生できなくてお前も死ぬわな」
でも溺死はなぁ、俺だけ苦しいじゃん、とロナルドは明日の天気を話すように言っている。ピー、と急にかん高い音が二人の間を切り裂いた。乾燥が終わったのだと、機械が当たり前に知らせてくる音だ。あ、とドラルクを見ていたロナルドは視線を乾燥機にそらす。口に咥えていたタバコをしまって、乾燥機からシーツを取り出した。
「とりあえずこのシーツ使ってからでいいか?」
ねみぃからとりあえず寝てぇ、とロナルドはやはりなんでもないように続けた。コインランドリーから歩いて数分でつく事務所の隣の部屋の、ソファベッドにシーツを敷いて、それぞれ眠りについて、今から昇る陽が落ちる頃に目が覚めたら、きっとこの話はなかったことになるのだろうなとドラルクはぼんやり考えた。
「そうだね」
相槌を打ちながらドラルクがゲーム画面に視線を戻すと、コンティニューのカウントダウンが終わって、表示はゲームオーバーに切り替わっている。