アーサー.C.クラークの「星」で銀河鉄道の夜のドラロナ。ロナルドくんが生前に見てた夢と、ドラルクがロナルド君の死後に見ている夢がつながって、銀河を旅行してる話。一応終わり方考えてあるのでいつかかけたらいいね。
イエスがユダヤのベツレヘムで生まれた時、見よ、東から来た3人の博士がエルサレムに到着して言った、「ユダヤの王として生まれたお方はどこにおいでですか。我々は東方でその星を見たので、そのお方を礼拝しに来ました」
ベツレヘムの星
いつの間にか微睡みの中にいたようだった。鼓膜を柔らかく叩く車輪の音にドラルクは重く感じる瞼を持ち上げる。がたん、ごとんと規則的に聞こえる音は、汽車を細かく振動させている。暖かい温度を感じるようなオレンジ色のランプが汽車の天井が吊り下がって、煌々と車内を照らしていた。
「起きたのか」
いつの間にか寝ていたドラルクを咎めるそぶりも見せず、正面に座っているロナルドがドラルクに声をかけた。ドラルクは何度か目を瞬いてから、うん、と小さく呟いた。声には幾分か眠気が混じって、ぼんやりとした響きがした。
「ロナルド君、何食べてるの?」
「アイス」
ワゴンから買った、と不明瞭に呟くのは銀色の小さなスプーンを咥えながら喋っているからだった。ドラルクは自分はどれほどの間寝てしまったのだろうとぼんやりと考えたが、この汽車で眠る前に何をしていたかを思い出すことは難しかった。だがほとんど輪郭がぼけてしまった記憶をさらうに、眠る前に目の前が若造がアイスを食べていた記憶はなかった。おそらくだが。
「なにそれ、おいしいの?」
「うめぇよ」
食うか? と見せられた差し出されたアイスは綺麗なグラスの上にパフェのように敷き詰められている。深い青色をした柔らかなクリームの中に、チョコチップのように銀色の粒子が細かく混ぜられ、揺蕩い、不規則に明滅していた。
原料が甚だ不明だ。
「食べないよ」
食べられないし、と付け足すと、ロナルドは少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「アイスクリームは牛乳からできてるだろうが」
「いや、牛乳だけじゃないだろ。っていうかそれ本当にアイスか謎じゃない?」
「甘くて冷たくてうまけりゃアイスだろ」
ロナルドの開かれた口の中はアイスのせいなのか、ところどころキラキラと光っている。この汽車では不思議なものがたくさん出てくるが、ワゴンから買う食べ物もその一つだ。ドラルクとしてはあまり食べ物には思えないそれも、ロナルドは気を惹かれるようで、何回か新しいものがやってくるたびに買っては食べている。
ドラルクはため息をついて、窓に視線を投げた。窓の外には真っ黒な暗闇とその中に浮かんでいる銀河が見える。ゆっくりと位置を変えていく星々は、ここまでくるとプラネタリウムのように味気ない。時折淡く光る星の間で、緑色の光が明滅している。
『次は跡地、跡地に停車いたします』
しわがれた声のアナウンスが聞こえる。ドラルクは窓の外に投げていた視線を戻して、ぐるりと車内を眺めるが、一体どこからアナウンスが聞こえてくるのかは定かではない。ざらついた声は、しかし、どこかで聞いたことがあるような気がする。
「どれくらい停車するのかな」
「さぁなぁ」
ドラルクは窓を見ている間に、ロナルドはすっかりとアイスを食べ終えたようで、グラスの中に銀色のスプーンが置かれた音がした。この汽車は単線の上に、次の汽車がやってくるのに随分と時間がかかるのか一つの駅に止まる時間がいやに長いのだ。その時々で、停車時間は変わる。目的地の駅ならば乗客はそのまま降りるようだし、そうでない場合も駅には降りることができる。観光したければ駅の外に出ることだって可能だ。
その際には金色の砂時計を渡される。下に沈んでいる金砂がゆっくりと上に浮かんでいくそれは、上から下へと物が落ちることが当たり前の世界に住んでいるドラルクとしては、時間感覚がわかりにくい。もしも砂時計の砂が登り切っても汽車に戻ってこれなかったら、どうなってしまうのだろうと思うことも多いが、実際に遅れたことは一度もなかった。
車輪の音がだんだんとゆっくりになり、汽車が完全に停車すると、乗客たちが何人か立ち上がった。
「外出てみる?」
ずっと座っていても、何もすることはなさそうなので、ロナルドにそう問いかける。
深緑のビロードがはられた椅子は、あまり上等なものではない。クッションがだいぶへたれていて、長く座っていると体が痛む。ドラルクは駅に着くたびに、どこかでクッションを買いたいと思うのだが、これだというものに出会えたことがない。
「でもここ何にもないらしいぞ」
「なんで知ってるんだ?」
「さっき、ワゴンサービスの人に聞いた」
少し遠出すれば博物館みたいなのがあるらしいけど、とロナルドは付け加えた。停車時間によっては博物館に行くのも面白いだろうとドラルクは思ったが、そこまで時間があるだろうか。
「まぁ、駅名も跡地だしねえ」
何の跡地なのだろう、と少し不思議に思ったが、この旅に不思議は付き物でいつしか考えることをやめてしまった。窓の外でまた緑色の光が瞬く。ロナルドは手にアイスのグラスを持ちながらしばらく窓の外を眺めていたが、グラスを椅子に置いて立ち上がった。
「やっぱり外行こうぜ」
「何にもないんでしょ?」
めんどくさそうに呟くと、ロナルドは立ったまま、ストレッチをするように伸びをした。
「座ってるだけじゃ体が鈍るだろ」
脳筋ゴリラめ、と呟くと、うるさい、貧弱砂おじさんと間髪入れずに返ってきた。それにしては機嫌が良いようで、ロナルドは笑顔を浮かべたままだった。ドラルクは立ち上がっているロナルドを見上げながらため息をつく。ロナルドらしからぬ行動だった。ここで一発、拳をもらって死ぬなりしていた方がよっぽど自然だ。
「ほら、行こうぜ」
手を差し出されて、ドラルクは少したじろいだ。こちらをじっと見つめるロナルドは瞳には何の他意もない。ただ当たり前に自分がついて行くのだろうと信じている。ドラルクは反射的にロナルドの手を取った。彼の手は人間らしくひどく暖かかった。
汽車の出入り口には、切符バサミを持った車掌が佇んでいた。彼の顔はコートの襟に隠れてほとんど見えず、頭のみならず顔にもかかっている巨大な帽子の影は、ぽっかりと空いた穴のようだ。一時降車であっても、車掌に切符を見せなければならない。先を進むロナルドは慣れた仕草で切符を差し出す。すると車掌は白い手袋をした左手で切符をつまみ、右手にもった切符バサミで、ぱちんと切符を切る。
「お二人ですか」
車掌の問いかけの調子はいつも平坦だが、声音は落ちていて柔らかく優しい。ロナルドがそうだと答えると、彼は懐から金色の砂時計を差し出した。くるりと上下を回転させて、ロナルドに手渡す。
それを見ながらドラルクも切符を車掌に差し出す。切符は薄いグレーで名刺くらいの大きさをしている。それなりに語学が堪能なドラルクだが、その切符に刻印された文字を読むことはできない。日本語しかわからないロナルドにとってはなおさらで、二人でお互いにもっている切符を付き合わせた結果、行き先が同じなのだろうということしかわからなかった。
ぱちん。
車掌が切符を切る。切符は長方形をしており、一片のの短辺はすでに切る場所がない。長辺の三分の一ほどに鋏痕が残っている。駅ごとに形が違うらしく、色々な形をしたその痕をドラルクはなんとはなしに数える。鋏痕は十二個あり、『跡地』が十三個目だ。どこかの駅に着く度に、ロナルドは体が鈍るだとか、面白そうだとか、あるいは、横に座った誰かの誘いを断りきれずに結局駅に降り立っている。だからここはドラルクがこの汽車に乗り始めてから十三番目の停車駅だ。随分遠くまで来てしまったのだろうか。ドラルクにはよくわからない。
砂時計をもったロナルドが、駅に降り立って待っているのを認めて、ドラルクも切符をポケットにしまって駅へと降り立った。一瞬風が強く吹いてドラルクのマントを揺らした。
「時間、どれくらいあるの?」
「うーん、わかんね。そんなに長い時間じゃなさそうだな」
砂時計の中を登って行く砂を見ながら、ロナルドは答えた。要領を得ない返事だ。砂時計が金色に発光してロナルドの瞳や頰を照らしているのがわかるくらいに、駅は薄暗かった。古めかしいランプの中では寒々しい白色の光が弱く灯っている
「跡地」という名にふさわしく、駅舎は随分と古めかしいようにドラルクには見えた。木造にしか見えない柱に丸い文字で駅名が掲げられている。改札と思しき場所には薄い灰色をした人影が一人立っているきりだ。それも影のようで、服装はおろか顔さえ見えない。改札は売店もかけているらしく、竹のような色をしたポトルに入った飲み物や、一見パンにしか見えない食べ物などが売られていた。
ドラルクとロナルドが乗っている汽車の車両は長い。ドラルクは数えたことがないし、乗っている時に端まで行けたこともない。だがこの駅のホームは汽車自体よりもずっと長いようで、駅舎がぽつんとある以外は前にも後ろにもずっと続いている。先は闇に溶けて見えなかった。
「ホームの端まで行ってみるか?」
ロナルドに後ろから話しかけられて、ドラルクは振り返る。
「ホームの端?」
「駅以外特に何もないらしいから。端まで行くと他の恒星?が観れるらしいぜ」
その星に博物館もあるんだってよ、とロナルドが言う。少し遠出をすればと言っていた場所が闇に溶けて消えているホームの端から見える距離というのは、だいぶ遠いのではなかろうかとドラルクは思った。宇宙では距離の感覚がすっかりバカになってしまう。
「真っ暗だけど?」
「駅なんだから灯りくらいあるだろ」
ロナルドはドラルクがホームを眺めている間に、買ったらしいパンをちぎって食べながら歩き出した。ドラルクは少し遅れて、ロナルドの後についていく。改札付近に灰色の人影と二人残されていても、やることがないからだ。
「君、そんなに怖いもの知らずだったっけ?」
きらきらと光るアイスや一見普通にみえる原材料が甚だ不明のパンを躊躇なく口にしたり、何があるのかわからない暗闇の中を進んだり、を何でもない時にできるような人間ではなかったはずだった。ドラルクの問いにロナルドは、口の中に含んだパンを飲み下してから、口を開く。
「いやでもパンはうめぇよ。中になんか鳥?肉?入っている」
「それ、パンっていうか、パン? だろ。っていうか疑問符多すぎて怖いんだが」
何でも食うゴリラか、と付け加えるとロナルドは少し眉をひそめた。駅舎から離れるごとに薄暗くなると思っていたが、どこから光が差しているのか、あたりの明るさはずっと一定だった。弱々しい白い光が、ロナルドの髪に反射している。
「……うーん」
ロナルドはどう答えるべきか悩んでいるようで、眉間の皺を深くしたり、口の端をわずかに緩ませたりと表情を忙しく動かした後で、少し歩く速度を落としてドラルクの横に並んだ。
「まぁ、お前と一緒だからかなぁ」
すぐ死ぬ雑魚だけど、と付け加えられなかったら、完全に驚きで一度死んでいたな、とドラルクは思った。実際肩あたりがちょっと砂になりかけた。えらく素直じゃないかどうした頭でもうったのか? と畳み掛ける前にロナルドが足を止めたので、ドラルクはロナルドが言った言葉に返すべき返事をすっかりと奪われてしまう。
ホームはまだまだ続いていたが、ホームの端に一つ掲示板が立っていた。観光名所にあるようなそれには、ドラルクにもロナルドにも読むことのできない、おそらく切符に刻印されている文字と同じ文字が表示され、そのあとに日本語で「跡地」と続いていた。
「なんだこれ?」
「さぁねぇ…」
ちょうど目線の高さにある看板の前に二人で佇む。読めるところと、読めないところがあるその看板は、この場所の来歴を示しているようだった。
『PRS B1913+16にはかつて巨大な質量の恒星が存在しており、■■■■■が■■を中心とした文明を築いていました。今から二万三千年ほど前に唐突な中心核の核融合反応により、超新星爆発を起こし、■■文明は消失したとされています。原因は究明されておらず、その唐突な爆発と消失は■■■■■■■の■■たちを非常に驚かせました。今では中性子星となった■■■■■跡地では約1.3秒ごとにパルサーが発信され、緑色に輝いています。■■■■■■からやってきた使節団が発見した映像記録は■■■■■■■の地下博物館に所蔵されており、ここから約■■■の距離にあります。■■■■■■■はPRS B1913+16の超新星爆発の際にかろうじて残った恒星であり、詳しくは……』
ロナルドが声にだして読む看板の文章をドラルクは聞きながら、跡地とはそういうことなのかと納得をした。なんらかの文明が発展し、消失した場所と言われれば、この寒々しさも納得ではないだろうか。ホームの端から見える恒星というのが、この説明にある博物館のある恒星ということなのだろう。
「博物館、まじで遠いな」
ホームの端もまだまだ見えることのない駅は本当に広大なようだ。汽車からもだいぶ離れて、汽車の先頭の灯りも、もう星々の一つと変わらないくらい小さい。
「つか端までもいけねーじゃん。そろそろ帰るか?」
ロナルドがポケットから砂時計を出すと、金色の光が小さく辺りを照らす。半分ほどに減った砂を考えると今から戻ってちょうどと言うところだろう。
「ロナルドくんって、本当に情緒がないな」
文明が滅んだ跡地だなんて、何か感じるものがあってもいいんじゃないの? と続けると、ロナルドはすこし意外そうな顔をした。
「お前はそういうこと考えるのかよ」
「そういうことって?」
問い返すと、ロナルドはどう答えていいものかわからなくなったようで口をつぐんだ。砂時計を弄び、しばらく悩んだ後で口を開く。
「昔のことを振り返るだなんて、お前らしくねーじゃん」
いつも今が一番楽しいみたいな顔をしているくせに、とロナルドは付け加えた。ロナルドの返しにドラルクは驚いた。そうだろうか。今が一番楽しいといつだって言えるように生きてはきたが、もはやそれだけを信じて生きていくのは難しい。
「体うごかしたいだけだったから」
もう帰ろうぜ、とロナルドはドラルクの答えを待たずに歩き出した。
ロナルドが出入り口で待っている車掌に砂時計を返すのと、発車の汽笛がなるのは同時だった。ドラルクはロナルドの後に続いて急いで汽車の中に体を滑り込ませる。二度、三度、汽笛がなるのを聞きながら、座席に向かうと降り立つ前と全く同じ光景が二人を待っていた。暖かい温度を感じさせるオレンジ色のランプが深いグリーンの椅子を照らしている。ドラルクは右側の椅子に座り、ロナルドは左側の椅子に座って、二人は向き合った。ゆっくりと汽車が動いて、規則的な振動が座席をわずかに揺らす。その振動に、ドラルクはいつも眠気を誘われてしまう。
「この汽車ってどこに向かってるんだろうね」
次はどこに止まるのだろうと聞いても良かったが、ドラルクはそうは尋ねなかった。ロナルドはちらりとドラルクの顔を見て、わずかに笑顔を浮かべてから、さぁなぁ、と口にした。ロナルドが食べていたアイスのグラスは、ワゴンサービスの乗務員が片付けたのか、跡形もなくなっていた。
■
目を覚ますと同時に、自分が夢を見ていたことにドラルクは気がついた。気がついたと同時に一度死んで、もう一度砂から蘇るついでに棺桶から抜け出した。ロナルドと汽車に乗る夢を見たのは初めてではなかったが、随分と久しぶりだった。夢は起きている瞬間は鮮明だが、時間が経つごとにおぼろげになっていく。というのにこの夢だけはドラルクにとっていつでも鮮明なのだった。夢の中で、それを思い出すことはできないのに、現実にいるときのほうがよっぽど、ロナルドとの夢の旅のことを覚えていた。
「未練がましいねぇ」
そう思わないか、ジョン、とまだ寝床で半分眠っている使い魔に声をかけると、何のことかわからなかったのかアルマジロは首をかしげるだけだった。立ち上がって、窓の外を見ると空はすっかり暗くなっている。遠くに見える教会の鐘がライトアップされてよく見えた。
「そういえば今日はクリスマスだっけね」
あの退治人が死んでから何度目のクリスマスなのか、ドラルクは数えることをすっかりやめてしまっている。雲ひとつなく晴れた夜空には、星が瞬いている。ドラルクは夢の中でみた星空のことを思い出そうとして止めた。
「せっかくのクリスマスだし、何か作ろうかジョン」
今日はどれだけカロリーオーバーでも作ってやろうと使い魔に投げかけると、ドラルクの愛しい小さな使い魔は喜びの声をあげて、寝床から起き出してきた。駆け寄ってくる使い魔を抱え上げながら、ドラルクは夢の残滓を撫でて、少しだけ微笑んだ。
なんにせよ、いい夢であることには違いなかった。