恋人になって初めての誕生日についてロナルド君はちょっと考えすぎて、スンって考えるのやめちゃった話

23時55分

 そういやさ、とロナルドがドラルクに話しかけたのは、軽い仕事が終わって事務所についたのと同時だった。
「お前の誕生日っていつなの?」
 ロナルドは事務所の電気をつけ、ただいま、とメビヤツを撫でてから帽子をかける。ドラルクはどうして突然そんなことを聞かれたのかわからずに、眉をひそめて、ロナルドの方を向いた。
「いや、こないだお前の親父さん来て、お前のアルバム見せてったからさ」
 言われて実家に置いてあるアルバムのことをドラルクは思い出した。ドラルクの父親は大概ドラルクに甘いが年を経てもそれが変わることはなく、アルバムの数は年々増えていっていた。もっとも最近は新横浜にいることの方が多く、以前よりドラウスと会う頻度が落ちているので、アルバムの増えるスピードも多少は緩んでいる。
 そこにお前の誕生日の写真が乗ってて、それ思い出したから、とロナルドは至って平静な声で続けた。そんなことを尋ねられることが珍しかったし、いくら吸血鬼が誕生日を祝う習慣があまりないとはいえ、ドラルク自身は特に理由もなくともちやほやされたり、祝われたりするのが好きだ。だから何の抵抗せずに自分の誕生日を答える。
「なんだ、殊勝にも何かをしてくれるのか? 若造にはロマンチックなことはあんまり期待できないけどな」
 この退治人が素直に自分の誕生日を祝うとは思えないが、彼の珍しい様子にからかいの一つでもしたくなり、そう告げると、ロナルドは腕を組んで少し困ったように唸る。
「確かに、俺はあんま人を祝ったりすんの得意じゃねぇかも…」
 言いながら声がどんどんと小さくなっていくのに、ドラルクは少し慌てた。当然のように彼が自分を殴って殺してくると思っていたからだ。ドラルクは場の雰囲気を変えようと口を開く。
「っていうか、私の誕生日はそりゃ大事だけど、ロナルドくんの誕生日っていつなの?」
 あ? とドラルクの問いが予想外だとでもいうように、ロナルドは声を上げる。それからはっとしたように表情を変えて、口を開いた。
「8月8日」
「へぇ、覚えやすいな」
 じゃあ、誕生日近いんじゃないかと、言いながら脳内のカレンダーをめくる。確か土曜が6日でリサイクルゴミ、月曜日が8日で燃えるゴミの日だから…とぼんやり考えてはっとした。
「え、ロナルドくん、誕生日今日なのか?」
「…お、あ、そうか、そういえばそうだな」
「は?!」
 薄い反応に驚きながら時計を見れば、23時55分だ。
「今日、後5分しかないんだが? 5分で用意できる何かなんてないぞ?!」
 秒針が6のあたりを過ぎているから、正確にはあと4分と30秒といったところだ。いくらドラルクがお菓子作りや料理の天才でも、さすがに5分でハッピバースデーお誕生日おめでとうといった食卓やケーキを用意することはできない。
「別にいーよ、子供でもねーし、誕生日とか」
 そもそも誕生日を祝われることをはなっから期待していなかったのだろう。ロナルドは特別に気落ちをしている様子もなく、それが当たり前と言った態度だ。ロナルドが子供ではないと誕生日を祝わないのだとしたら、200歳を越えてまで誕生日の写真を撮られている自分はなんなのだとドラルクは憮然とした。吸血鬼は確かに誕生日をそれほど祝わないが、ドラルクの家族・親戚は祝ってくれていたし、回数がすくない人間は当然盛大に祝うものだと思っていた。
 というのにこの若造は、とドラルクは憮然を通り越して、なんだかイライラとしてきた。私よりずっと回数が少ないくせに、大事にしろ、もっとアピールしろ、ともはや誕生日の話題が終わったものだと思っていそうなロナルドの横顔を睨みつける。
「こわ、なんだよ、その顔。ただ誕生日聞いただけじゃねーか」
 ドラルクはロナルドの言葉に、深々とため息をついた。自分と違って褒められ慣れてもいないこの退治人は、それと同様に祝われ慣れていないのだろう。自分の誕生日が祝うに値するものだなんて、なぜだか欠けらも思い浮かびはしないのだ。
「来年は覚悟しろよ、若造。とびっきり祝ってやる」
 ドラルクの低い呪詛のような声に、ロナルドは少し気が抜けたような表情を浮かべて、ふはっとゆるく笑った。
「吸血鬼はあんまり誕生日にこだわらないんだろ?」
「君は吸血鬼じゃないだろうが」
 っていうか、君、なんでにやけてるんだ? と忌々しい気持ちで聞くと、ロナルドはどう答えていいのか迷うように、二、三度口を開いては閉じる。
「いや…えーと…なんか」
 来年の約束なんてあんまりしないだろ、と答える声は照れによるものか途切れ途切れだ。ロナルドに対する怒りにも似た気持ちがだんだんと悔しさに変化していくのを感じながら、ドラルクは頭を抱えたくなった。この日常が当たり前に続くことをいつの間にか受け入れて、来年の話をしてしまっている自分に舌打ちをしたくなった。視界の端の時計が12時を指して8月8日が終わる。
 来年の約束をしたと柄にもなく照れている彼に、おめでとうの一つも言えずに誕生日が終わったことに心底が腹がたつ。祝われるのを慣れていないこの退治人はどうせ来年も自分の誕生日のことなどすっかり忘れているに違いない。
「本当に、来年は覚悟しててよね、ロナルドくん」
 覚えてなくてもいいけど、と付け加えると、ロナルドは少し不思議そうな表情を浮かべてから、ゆっくりと目を細めて嬉しそうに笑った。

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