横浜市でもパートナーシップ制度できたから利用しようとする話
パートナーシップ
ねぇ、ロナルドくん、私の扱いってどうなってんの?とドラルクが突然聞いてきたのは、ロナルドが扇風機のスイッチを入れた瞬間だった。
「お前の扱い?」
何の話だよ、とロナルドは憮然として付け足した。ドラルクが埃を落とした扇風機は呑気な音を立てて首を振り始める。
「いや、私、いつまで備品扱いなのかなって思って」
「……お前を備品扱いにしてると経費として計上できるから便利なんだよな……」
「君、ジョンは従業員扱いしてるくせに」
「バイト代渡してるんだから当然だろ、お前も働きたいの?」
労働条件通知書でも作るか?と重ねられて、ドラルクは渋い顔をした。扇風機にあたるように、フローリングの床に直接座っているロナルドはソファに寄りかかったまま、ドラルクの方に向き直った。
「いや、そういうわけじゃないんだが」
ほら、とソファに座ったままのドラルクは彼にしては珍しく何かを言い澱むように口を薄く開けては閉じる。
「うちの一族は人間に対しては友好的だけど、別に人間社会に帰属してるわけじゃないんだよね」
「あ? そうなのか?」
「まあ、日本にはって感じなんだけど」
私もお母様に紐付けされて申請してるものはあるんだけどね、ドラルクは要領を得ないまま話し続ける。
「うちの一族の出身地ってなんだかんだやっぱあっちだし」
「ルーマニアだっけか?」
そうそう、とドラルクは相槌を打つ。ロナルドもルーマニアと答えたものの、別に地理的な位置がはっきりとわかっているわけではない。
「ここはニュードラルクキャッスルマークⅡなわけだから、君に万が一があったら私に残るように…わ、まって、まって、拳を振りかぶるな」
お前の城ではないし、金輪際なることもないというのもバカらしくて黙って拳を握り締めたロナルドにドラルクは少し慌てたように言い募った。けれどドラルクの言うことにも一理ある。今の状態の自分たちの関係というのは、ロナルドの執筆活動によって周知のこととはいえ、それだけだ。
「備品だと君の何にもなれないじゃないか」
ドラルクは静かな声で自分の膝辺りにあるロナルドの髪に触れる。その自然だけれども唐突な仕草がいやに恋人めいていて、ロナルドは少し慌ててしまった。
「別に備品だけってわけじゃないだろ」
「書類上の話だよ。私が君の事務所の備品じゃないことなんて、とっくのとうにみんな知っている」
「みんなが知ってるだけじゃ不満なのかよ」
声に不満が滲み出てしまったのは仕方がないことだった。ロナルドからすれば、皆が知っているそれだけでも、かなり恥ずかしい。隠しているわけではないが、さりとて喧伝しているわけでもない。ドラルクはロナルドの様子に少し考えるように目を細めてから、意を結したのか息を深く吸って口を開く。
「結婚が一番手っ取り早いけど、日本じゃできないだろ?」
深刻そうな決意の割に、なんでもない口調でドラルクはそう言った。
「け、」
っこん、と驚いてロナルドの声が途切れたのは致し方あるまい。そんな雰囲気でもなんでもない。さっきまで二人で扇風機を出して、掃除をし、スイッチを入れたばかりだ。恋人らしいスキンシップはドラルクがロナルドの髪に触れているくらいで、雰囲気も何もあったもんじゃない。
「市で発行してる宣誓書くらいには関係を明記しておいても良くないかね?」
「……あれ法的効力はないぜ」
「やっておけば安心なこともあるだろ。私と君の関係が周りに反対されてるわけでもあるまい」
ドラルクの声は涼しいが、落ち着かないのかロナルドの髪に触れる指先はくるくると毛先を弄んでいる。ドラルクは反対されているわけではないと言っていたが、実際問題怪しいもんだろうとロナルドは考えていた。ドラルクの両親は本当に彼のことを愛しているから、人間なんかとこんなことになったことを多少は苦々しく思っているだろうに。
「ってかルーマニアの方が自由が利くんじゃねぇの?」
ヨーロッパは進んでいるだろうというふわっとしたイメージで口に出すと、ドラルクは、うーん、と困ったように首を傾げた。
「イメージで物を言ってるだろ。あっちではできないよ。ヨーロッパの中でも地域差あるからね」
「え、そうなのか?」
意外そうにいうロナルドの様子に、多少落ち着いたのかドラルクは静かな声で答える。
「そうだよ。まあだからこっちでやれることやっとかない? と思ってさ」
ロナルドはどう答えるべきかしばし悩んだ。確かにそうしておけば、保険金の受け取りにドラルクを指定することも出来るし、病院の面会だってスムーズだろう。場合によっては緊急連絡先を彼にすることだって可能かもしれない。だが大体申請はタダではないどころかそれなりに高額だし、横浜を一歩出ればそんなものは何の意味もなくなってしまう。扇風機の羽の回る音が鼓膜を小さく震えさせる。ドラルクの指がゆっくりと頭を撫でている。
メリットとデメリットがこんなに簡単に頭に浮かぶくらいには、ロナルドだって考えたことがある。
「……まあ、確かになあ」
から、渋々納得したふりをした。
「え、本当に?」
だというのにドラルクはなぜか不意を突かれて驚いたような声を出す。なんでだよ!とロナルドは逆ギレしたくなった。なんだかこちらが恥ずかしい。
「てめぇから言ってきたんだろうが。お前これプロポーズみたいなもんだぞ、普段はあんなにエスコートがどうのとか言ってるくせに、なんだよこれ」
「雰囲気満点にしたらロナルド君絶対逃げるでしょ」
恥ずかしさから文句を言い連ねると、一刀両断されてしまった。確かに雰囲気を出されたら、自分は話し合いを避けただろうと想像はついた。なんだか悔しくて、ドラルクを見上げる。自分の髪に触れていた指先を取って、ドラルクの横に座り直した。
「お前と役所に行くの、なんか想像できねぇな」
「想像できなくても現実になるから別に構わないよ」
余裕があるように振る舞うドラルクが少し気に食わなかったけれど、取った指先がロナルドにもわかるくらい暖かくて、ドラルクが照れているのがよくわかったので、ロナルドは何言わずに笑うことにした。