家庭環境の重いロナルド君が■■■■■■■■■■■■■

0.永遠にやってこない瞬間

 もしも永遠を生きるなら、忘却を友にしなければならない。
 伝記に踊る一文を目に流し込みながら、ロナルドはため息をついた。パソコンの画面は白く、先ほどから一文書いては消しを繰り返している。書いたはずの文章はじりじりと後退していて、これでは仕事が進んでいるのか、あるいは巻戻っているのか定かではない。集中力をかき集めることすらできないくらいに集中力が落ちているのはわかっていた。だから伝記の一文に目を落としていたし、さっきまではリボルバーのメンテナンスをしていた。完璧に掃除の終わったリボルバーが銃口を扉に向けてデスクの上に置いてあった。
 吸血鬼胎児人見習いとなる時の武器に銃を選んだのは、もちろん兄の影響があった。ロナルドは兄が退治人として第一線で活躍をしていることを誇らしく思っていたし、実際に雑誌に取り沙汰される記事をスクラップするのも好きだった。兄が握っていた銀色の銃身に憧れるのは無理のないことだった。
 シングルアクションのリボルバーには対吸血鬼用の麻酔弾が込められるようになっているが、麻酔弾の形状は9ミリ弾とよく似ている。違いといえば弾頭の着弾と同時に吸血鬼に対吸血鬼用の麻酔薬が打ち込まれることで、これはVRCの研究の末に生み出された物でもある。もうすこし危険度の高い退治(例えば、本当に人を害する高等吸血鬼だとか、あるいは下等ではあるが単純に巨大であり駆除対象となるもの)に対しては実弾の使用が原則的には許可されている。とはいえそれは限定的なものだし、銃弾も特殊なものが用いられる。鉛で作られた弾頭は銀でコーティングされており、見た目は完全に実弾と変わらない。吸血鬼用麻酔弾や実弾によく似た形状の弾丸が発砲できる作りの銃は当然ながら、本物を発砲することもできる。とはいえ対吸血鬼用の実弾と、「本物」の違いは弾頭をコーティングしている銀があるかないかの些細な違いでしかない。
 音量を絞った午後二時のワイドショーは最近起きた殺人事件や事故のニュースを流している。日々はつつがなくすぎて当たり前に世界のどこかで毎日人は死んでいる。
 例えば、と列挙のための枕詞さえ思い浮かべずにロナルドは、自分のデスクの上に置いてある銃が自分の頭を撃ち抜く様が時折脳裏に浮かぶ。あるいは、電車のホームの中ほどでホームに滑り込んでくる電車の速度が一番早いのはホームの端であることを。古風な民家の天井に張り巡らされた立派な梁の耐荷重や、風呂で溺れるために必要な水深や、高圧電流に触れて脱力したように倒れたきり目を覚さない人々のことを。
 深夜の信号のない大通りで猛スピードで走り去る大型トラックの回るタイヤの速さや、高層マンションの最上階から見る吹き抜けの、下層階にはられている意味をなさないネットのことを。
 デスクにしまわれたままのしけったタバコのニコチンの量を、昼の陽光に輝くだろうキッチンにしまわれた包丁のことを、ロナルドは水中に浮かぶ泡のように思い浮かべる。
 けれどそれは想像というのにはあまりにもイメージとして鮮やかすぎるし、リアリティに欠けている。ただ脳や記憶のどこかに、そんなことをしまう引き出しがあって、その引き出しから情景が浮かび上がる。ロナルドはそれを記憶に留めたこともないし、自分に引き寄せたこともない。
 だから泡のようないくつもの事実はすぐにはじけて消える。伝記の一文にロナルドはまた目を落とす。
 永遠を生きるなら、忘却を友にしなければならない。

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