この喋るロナルドくんを引き連れた毎夏の旅行が習慣になる話いつか書きたい

ウォーリーを探そう

 ロナルドの幻覚をドラルクが見るようになったのは、ロナルドの体がすっかり焼けてしまってからだった。ドラルクは人間は死ねば土に埋められるものだと思っていたから、ロナルドの家が仮装を当たり前としていることには驚いた。
 墓を作る気はなかったらしいロナルドの焼かれた骨は袋に入れられて、永代供養と名のつく六角形の大きなお堂に納められるらしい。約束された永遠の値段は随分とリーズナブルだ。袋に収められた骨は最後には土に還るのだそうだ。
 なら別に遺体をそのまま埋めても良いじゃないかと思ったが、袋に入った骨に比べればスペースも取るし、土に還るにも時間がかかるだろう。それに多分、吸血鬼退治人というものは、自らが人外となるのを厭う傾向がある。その点火葬は良い、とされている。炎には物を清める力があると信じられている。それこそプロメテウスがゼウスから火を盗み出し、人類に与えたという作り話を人が語り始めた時から。
 晴れた夏の日だった。彼には似合いの日だ。ドラルクは濃い影のかかる堂内からその様子を見ていた。そして、いずれ土に還るだろう彼の骨が地下に納められた瞬間、人混みの間から彼が見えた。
 夏の強い光に反射する銀の髪と、虚な青い瞳が、立ち尽くす吸血鬼と彼の間の人々を全て通り過ぎて、じっとドラルクを見つめていた。
 きっとこれは幻なのだろうと、濃い青空よりもよほど私の気配を漂わせたロナルドの青い瞳を眺めながらドラルクは思った。
 ロナルドの幻は、ドラルクにとって悪いことではなかった。ロナルドが死んだことはドラルクにとって想定以上のダメージを彼に与えた。ぽかりと空いてしまった日常のあらゆる時間をどんな物でも埋めることができないのは苦痛で仕方がない。
 幻は大抵ドラルクの視界内に存在している。冬眠間近の獣のような、キレのない動きで歩き回ったり、ソファやベッドの上で丸まって眠ったりしている。
 時折ドラルクの顔をじっと覗き込んで、何かを話そうとするそぶりはするが、開いた口の中はテクスチャをはっていないゲームキャラのように何もない。表情もわずかにしか動かず、人間らしさがほとんど感じられなかった。
 ロナルドが死んでしまったことを理解はしていたが、彼が日常に存在しないのは思いの外つまらない。ロナルドの幻を見ていると、彼との楽しい日々が思い出されて悪くなかった。
 それにかつて南米でジョンを送り出した後のような、何か彼を思い出させるものを無意識に集めてしまって両親を心配させることもないのだ。
 
 ドラルクは城の奥深くで一人うとうととしていた。ジョンは早々に眠ってしまったし、ドラルクは棺に入ろうとしていた。カーテンの向こうの日差しの強さと城に侵入してくる湿度に少しうんざりしていた。日本に来てから随分と経っているのだから、ヨーロッパの方に戻っても良いかもな、とドラルクは考える。
 湿度のない夏の乾燥した風が少し懐かしくなってしまった。ドラルクは棺の蓋の向こうから、いつもと同じようにこちらをじっと見つめるロナルドの幻を認めた。
 虹彩の真ん中にある、黒い瞳孔がこちらをじっと見ている。何が言いたいのだろうとドラルクはぼんやりと思う。意志のない幻の中に、感情を見出そうとしてしまうのは、共感と知性を獲得した動物の悲しい性だ。
 幻のロナルドがしゃがみこんで、ドラルクに顔を寄せる。ゆっくりと開いていく唇を見ながら、やはり口内は真っ暗なのだろうし、何が聞こえることもないだろうと思う。
 だが目の前の幻は唇の端を持ち上げて、瞬きをした。その動きが笑顔であることに気がつくのに、ドラルクは数秒の時間が必要だった。ロナルドの笑顔など、ドラルクはすっかりと忘れていた。
「ドラルク」
 ロナルドはドラルクの名前を読んだ。呼ばれて、ドラルクは初めてロナルドの声をほとんど忘れていたことに気がついた。自分を呼ぶ彼の声にわずかな懐かしさと違和感を覚えたからだ。
 晴れた夏の暑い日だった。
 そういえばこんな日に彼は死んだのだったな、とドラルクはまた一つ忘れていたことを思い出した。

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