付き合いはじめて少ししか経ってないドラロナがなんかイチャイチャしてれば良いと思った

たぬきねいり

 ドラルクが珍しいことに棺桶の外で寝ていた。もともとドラルクはあまり寝汚い方ではなく、目を覚ませば二度寝などしないし、寒さや暑さで棺から出てくるのを嫌がったとしても、起きることそのものを嫌がっているわけではない。その証拠に気候の良い日などはゲームなどをやっていない限りはすっと起きて身支度を素早くするし、冷房や暖房で部屋が快適に保たれれば同様だ。ロナルドとは適温の概念が多少違うようだが冷房が18度であるとか、暖房が30度などに設定されてない限りはキレるようなことにはならない。
 つまり部屋は適温で、ドラルクは疲れていたのかもしれない。ロナルドは事務所での事務仕事がひと段落ついたためにドラルクに事務所は今日はもう閉めると声かけようとして前述の場面に突き当たった訳である。ドラルクは赤いソファベッドの上で体を横にして少し丸まって寝ていた。肘掛を枕がわりにしていたが、クッションがへたれてきており、枕にできるほど柔らかくもなくなってきている。貧弱なドラルクの首がやられてしまわないのかロナルドは不思議に思った。座っているうちに眠ってしまったにしては本格的な寝方だが、本格的に寝るのなら棺の中に引っ込めば良い。
 不思議な光景だった。
 ロナルドはドラルクを起こそうかしばらく悩んだ。確かに事務所にいたとしても生活音が聞こえず、人の動く気配はしなかったのだが、夜食のようなものでも用意されているのではと思っていたので少し小腹が空いていた。冷蔵庫にスライスチーズと食パンがあるのは分かっていたので、ドラルクを起こして作れというほどでもなかった。疲れて寝ているのならば起こすのは偲びなく、かと言ってそこで寝続けられるのも困る。ソファはロナルドのベッドでもあるのだ。別にロナルドがドラルクの棺で寝てしまっても良いが、また蓋が開かなくなるなどのトラブルに巻き込まれるのも嫌だし、なによりドラルクの貧弱な体でこんな寝方をしたら明日一日中砂になったままでもおかしくない。
 おい、と声かけようとしてロナルドは思いとどまった。事務所を閉めると言えどまだ深夜に差し掛かるような時間ではない。ただのうたた寝なら別に起きるまではそのまま寝かせてやっても良いのではと思った。ソファの下のカゴにブランケットが入っていたはずなのでそれを引き出して、ドラルクにかけてやる。
 ドラルクはロナルドほどではないが気配には聡い方だ。弱肉強食の自然界では弱者の方がより視野が広く、違和感に敏感である。きっとその類の能力なのだろうとロナルドは思っているが、意外なことにドラルクはロナルドがブランケットをかけてやっても身動ぎ一つしなかった。
「めずらし……」
 ロナルドは床に座り込んでドラルクが寝ている様を改めて眺めた。寝ている最中のドラルクの棺の蓋を突然開けるようなことをロナルドはほぼしないし、そもそもドラルクの棺にはオートロック機能があるので余程差し迫った必要がない限り無理やり開けることはないだろう。一度中にスマホを入れたまま棺の蓋を閉めてしまって、壊すことを前提で開けてやろうかと提案したことはあったが、結局カスタマーセンターに電話したあげく修理の人に来てもらいなんとかなった。あの時のドラルクの慌てようは笑えたのだが、反面少しかわいそうな気がして(何せロナルドの部屋は遮光カーテンがかかっているとは言え、地下室や棺の中ほど吸血鬼にとって安全ではない)なんとかなって良かったと思いはした。
 それはともかく普段は棺の中で足を伸ばしてまっすぐに寝ているのだろうドラルクが体を丸めて寝ている様は見慣れず、ロナルドの目の前で目を閉じてるドラルクの肌の色は吸血鬼だと分かっていても青白い。吸血鬼にも体液が流れていることも、それが赤い色をしているのもロナルドは知っている。だからこそ肌の下に赤い血流が流れているはずの彼の肌がどうしてこんなに青く冷たいのか疑問に思う時があった。
 痩せぎすと言っても良い体躯と合わせてドラルクの相貌は鋭くできている。深い眼窩と、鋭く尖った鼻は凹凸を辿りたくなる。今は閉じられている薄いまぶたは瞳を開くと皮膚が折り重なって深い二重になる。目の下には深い眼窩と骨格からできる隈が見えるが別段調子が悪いわけではないのだろう。吸血鬼らしくはあるが。
「……」
 魔がさした、としか言いようがなかった。ロナルドはドラルクの薄い皮膚の下の頬骨を辿るように指先で触れた。指の腹は吸血鬼の皮膚が冷たく滑らかなことを伝えてきた。色は似ているがグールや死体とは違い、皮膚が水分を湛えているのがわかる。そこからどうしようというのがあったわけではなかったが、ロナルドはドラルクを起こさないように注意しながら、頬から鼻筋に指を滑らせた。
 ロナルドがドラルクのぴくりとも動かない顔を見つめて数分経った頃、前触れもなくぱちりとドラルクは目を開いた。
「やだーこわい、なにされちゃう……の?」
 ロナルドの親指の腹がドラルクのまぶたに触れる直前だったため、それは奇しくもロナルドがドラルクに目潰しをする寸前のような体制になってしまっていた。従ってドラルクは一度言葉に詰まる。
「いくらドラドラちゃんが可愛いからって寝込みを襲うのはダメだぞ」
 それからことさらに平坦な口調で場をごまかそうとした。棒読み具合から別に本気でごまかそうとしていないことくらいロナルドにも分かったが、ロナルドは数秒固まった後に、そのまま拳を握りこんで、数センチの距離で打てる最大威力で拳を振るった。うまくやるとコンクリも破壊できるやつだ。
「…ちょ、ばっ、まてまて、無言で殴るな会話をしろ」
「うるせー!てめえ、起きてやがったな?!」
 睡眠から浮上する寸前のまぶたの震えも眼球の動きもなかったことからドラルクのうたた寝が狸寝入りだったことに気がつくのが今になったことをロナルドは後悔した。どおりで珍しい寝方で寝ているはずだ。はじめは本当にうたた寝していたのかもしれないが、ロナルドが部屋を覗いた時にはすでにドラルクは起きていたのだろう。
「いや、君がブランケットをかけてくれるという甲斐甲斐しさを発揮してくれてなんか面白くなっちゃってさ……あとロナルド君が付き合いたての恋人が寝てるとかいうシチュエーションに舞い上がって変なことしたら面白いなとおも」
 みなまで言わせず殴るとソファの上で再びドラルクは塵になる。殴る前に塵になっているようで空をからぶっている拳では恥ずかしさが発散できない。
「ばっっかじゃねぇの?!?! 大体お前が先にやってきたんだろう……が」
 言いながらしまった、とロナルドは思った。ついこの間全く同じシチュエーションになったのだ。だが立場が逆でその時ロナルドがうたた寝をしていた。締め切りも迫っていて少し疲れておりうっかりソファの上で、背もたれを倒しもせずに寝入ってしまったのだが、ドラルクがブランケットをかけてくれる感触で目が覚めた。意識は眠りと覚醒のちょうど汀にあって、目を開くまでには至らなかった。
 ドラルクがふとロナルドの顔を覗き込むように立ち止まり、冷たい指の腹で頬に触れたのだ。それから確かめるように指を滑らせて、小さく笑って額に唇を落とした、のを、覚えていて、だからロナルドはつい寝ているのならばとドラルクの頬に触れたのだった。彼がどんなことを思ってそんなことをしたのか、あるいはどんな感情が湧き上がるのか知りたくて。
 だがあの時意識が半ば覚醒しており、そのままドラルクの手のひらの感触を受け入れていただなんて気づかれるのは絶対に嫌だった。後からなにを言われるか分かったものじゃないし、それが今からわかるわけで、恋愛に関するからかいを許容できるキャパシティはほぼゼロのロナルドにとってはもうすでに今この瞬間が耐え難い。
 ぐっと、喉の奥に力を込めて再生したドラルクの表情を見ると彼は面白くてたまらないというように口の両端を上げている。
「あー、あの時ねー」
 そういうドラルクは心底楽しそうに笑っている。こういう表情は彼の鋭い顔と相まって妙に悪役じみて見える。のに、そこに微笑ましいと思っている気配がありそうなのがまたロナルドをソワソワとした耐え難い気持ちにさせる。そんな機微を読み取ってしまう自分自身がもうどこか恥ずかしい。
「君、私が触っているうちにどんどん真っ赤になるんだもん、可愛かったよ」
 ロナルドは三発目の拳を入れることすらできなかった。己の肌の下に流れる血流が自律神経に従って真っ当に働いたことをもはや呪うしかないと考えがから回るだけで、なにもいうことができずに、ぐう、とうなった。
 俯いたロナルドのつむじを揶揄うようにドラルクが触れて、可愛いねえロナルド君、と勝ち誇ったように笑う声が聞こえた。

back