昔全く逆のことを、誰かに言われたことがあるのをぼんやりと覚えてるけど思い出せない吸ロ君

天日干し

 ドラルクがロナルドと共に住んでいる官舎には日当たりの良いバルコニーがついている。鉄筋コンクリートの頑丈な作りは遮音性、断熱性の高さを誇っているが、バルコニーだけはどうにも牧歌的にできている。
 コンクリートの上に敷き詰められた木目の美しい床材と、それに合わせた屋外用のネイビーのローチェアが二脚と、その椅子と高さと揃えた透明なアクリルにうっすらと波のように青くグラデーションがかった、いかにもモダンインテリアといった風情のものが置いてある。
 ドラルクの趣味ではなく、これは昔この官舎に住んでいた民間協力者が置いて行ったものである。この部屋のバルコニーはまさしく天井のない正真正銘のバルコニーのため、その一角がこのようにリゾートホテルのベランダめいていても、まだまだスペースは大いにある。時々ドラルクはロナルドを使って、ラグやシーツといった大物を干すし、なんだったら普通に洗濯物もよく干す。
 今日はよく晴れた日光の厳しい陽気ではあるが風は涼しい。けれど天気予報によると空はもうすぐぐずつき始めるらしかったので、今バルコニーで存分に日光を浴びているのは、木材の上にラウンドの白のラグを敷いて、気持ち良く寝こけている吸血鬼ロナルドだけである。
「ロナルド君」
 吸血鬼にも日光耐性があるものは少なくないし、なんだったら夜だけしか出歩けないというのは不便ではないのかと改めて問うものもいたりはするが、そういう側だって本当に日光が平気というものは少ない。昼間に出歩けても、だるかったり、気持ち悪くなったり、尋常ではなく疲れたり、死ぬほど日に焼けたりするものもいる。もちろんわずかながら、何の変化もなく、それこそ人間たちと同じように、あるいはドラルクのようなダンピールよりも日光に耐性を持つものもいる。
 吸血鬼ロナルドはその一人である。人間ならば日光に晒されれば、少なからず日に焼けて、肌が赤くなったり、黒くなったり、剥けたり、火傷にちかくなったりするだろうが、彼には何も起こらない。彼は日光に曝されてなお、吸血鬼にしては血色の良い肌の色が何ひとつ変わることはない。
「ねぇ、もうすぐ雨降るらしいから、タグ片付けて戻っておいでよ」
 椅子とテーブルは耐水性で雨が降っても、その後軽く掃除をすればすむが、ロナルドが体の下に敷いているラグはふかふかとした生地の布なのでそうはいかない。雨が降り出す前に家の中に戻ってきてもらいたい。
「マジで雨降んの? こんな天気良いのに」
 ドラルクの声をかけられて、ぱちりと目を開いたロナルドが気怠そうに声を上げる。厳しい日差しに照らされた銀色の髪がきらきらと光っていて、色だけは本当に儚げですらある。
「まじで雨降るよ。最近の天気予報は衛星から雲の流れをリアルタイムで追ってるからピンポイントの予報も性格」
 ドラルクはロナルドに声をかけながら、まるで言うことを聞かないペットに言い聞かせているようだとすら思った。ペットと違ってロナルドを抱えて移動することなどドラルクには不可能なので、動物と違って言葉が通じることを利用して自ら戻ってきてもらうほかない。ロナルドはしばらく嫌がるように、ラグの上で身をよじった後に、端を掴んでごろごろと転がり、すっかりすまきになってから立ち上がった。子供の挙動である。
「何やってんの?」
「こうすると、あったかいから」
 そう言いながら器用に小さな歩幅で歩いてくる。ドラルクはバルコニーに続く窓を開け放って、ロナルドを迎えてやった。それから彼が自分の体に巻いてるラグの端を掴んで、くるりとほどいてやる。
「暑くないの?」
 日陰は涼しいが直射日光の下にいれば暑いくらいだろうと思い、そう聞くとロナルドは思いがけないことを聞かれたようにその赤い目を瞬かせた。
「わかんね、あったかいかなとは思うけど」
 ふぅんとドラルクは自分で聞いたというのに特に興味もなさそうに相槌を打ってから、ロナルドの首筋に顔を寄せた。焦げ臭くなる寸前の、衣服が熱を持った匂いは干したてのシーツからする香りとよく似ていた。吸血鬼は人間よりもダンピールよりも代謝が低い。したがって彼の首筋は少し熱がこもっていると思うくらいだった。それがどうにも人間の体温と同じくらいで調子が狂う。
「君は夜の子のくせに、昼の匂いがよく似合うね」
 きっと私よりもずっと太陽の下が似合っていたことだろう、とドラルクは付け足す。くなった。空は雲一つなく晴れており、雨の気配は欠片すらない。アクリルのテーブルが陽光を反射してきらきらと光っている。

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