いつもロナルド君が死んでばっかりなのでたまには逆も書こうと思った。特にカプはないんですけど、生産ラインがドラロナなので…って感じです。結構悲しい感じの話で、書いてて悲しくなった。
それを忘れるまでの
ドラルクが棺桶の角に小指をぶつけて塵になるのをロナルドはいつものことのように眺めていた。実際いつものことであった。ドラルクはすぐ死ぬ吸血鬼ではあるが、その分復活も早い。ロナルドはこれほどに死にやすい高等吸血鬼を見たことはないが(そもそも高等吸血鬼たちは下等吸血鬼と違って死ぬような事態には陥らない)同時にドラルクほど復活が早い高等吸血鬼を知らなかった。ものの数秒でドラルクは塵から復活し、痛かった、と文句をこぼしながらキッチンに向かう。いつものことだった。
ドラルクがドアを突き破る勢いでやってきた依頼人に驚いて死んだ。これもまたいつものことだった。依頼内容はドラルクにとっては面白いものというわけでもなかったようで、ドラルクは塵から再生するのすら面倒くさいのか復活はしなかった。依頼内容というのも、飼っていた吸血イモムシが逃げ出してしまってどうにか見つけて欲しいという、地味かつ面白味もなく面倒くさい作業だったので当たり前かもしれない。ロナルドは依頼人と連れ立って事務所を出て行くまで結局再生をすることのなかったドラルクに舌打ちをしてから、メビヤツの頭にかけている帽子をとって出ていった。依頼人と住宅地近くの公園や、街路樹、神社などを調べ周り、それなりに土で汚れた風体で事務所のドアを開けると、すっかりと再生したドラルクがロナルドを見るなり嫌そうな顔をした。
君の衣装、洗うの誰だと思ってるんだ。泥遊びでもしてきたのか。
ドラルクに衣装を洗ってくれと頼んだ覚えはロナルドには欠片もなかったが、洗ってくれていることに甘えている自覚はあったので、すこし気まずい。悪かったよ、と口にすると、ドラルクはなおも文句を言いたそうだった口を閉じた。ドラルクに言及されると、途端に埃っぽい自分の服が気持ち悪くて早く着替えたくなってきた。事務所の扉の外で、ある程度の埃を落として、室内でジャケットを脱ぐ。着替えながら、そういえばお前、なんでついて来なかったんだよ、とドラルクに聞くと、ドラルクはなんてことなさそうに答えた。
だってイモムシを探すだけなんて地味で面白くなさそうじゃないか。
確かにその通りで、面白くもなんともない。依頼人のペットにかける偏愛ぶりは十分に目を見張るものがあったが、ロナルドも昔飼っていたカメのことは随分と可愛がっていたから、そういうものなのかもしれない。
変だな、と思ったのは、夜食が用意されなかった時からだった。別にドラルクとて予定があるのだから毎日毎食、ご飯があるわけではない。けれども予定があるならドラルクは前もって言うし、そもそもドラルクはその日出かけていなかった。キッチンにはつくりかけの夕食が置いてある。火にかける前の生姜焼き、味噌をときいれるだけの出汁、炊き終わったあとに保温になりっぱなしの炊飯器。キッチンの床はざらざらとした塵に覆われ、その上に金属のおたまが一つ落ちている。
「どういうことだ」
ロナルドはドラルクとダイニングテーブルに向かい合わせに座ってそうといかけた。生姜焼きはうまく焼けなかったし、味噌は入れながら温めてしまってあまり美味しくなかった。ロナルドはドラルクに文句の一つでも言おうとドラルクの再生を待ったが、ドラルクは一向に再生しなかった。ジョンもドラルクが死んだ直後は律儀に泣いていたし、ドラルクの塵から離れることはなかったが、かといって慌てる様子もなかった。ロナルドはドラルクが再生しないのを何かの嫌がらせかと判断し、塵を踏んでみたり、文句を投げつけても見たが全く反応がない上にジョンが悲しむのでやめた。仕方がないので、ちりとりであつめて、棺桶の中に流し込んでおいた。
ドラルクが棺桶の中から再生して、「おはよう、ロナルド君、ちゃんとご飯食べれた?」と聞いたのはそこから三日後の夜のことだった。ロナルドの問いかけに、ドラルクは少し困ったように眉尻を下げていた。
「どういうことって言われても、特に何もないんだよ」
「何もないのに、再生するのにそんなに手間取るのかよ」
「たった三日じゃないか」
「一秒で再生してたやつが、三日も塵のまんまなんだぞ、まじ死んだと思って焦ったわ」
実際ロナルドは焦ったので、方々に連絡をした。最初はいつかやられた悪戯をまたやられたのかと思って芸がないとキレていたが、そうでもないようだ。最終的にはドラルクの父親に連絡も取った。ドラウスは連絡を受けた当初は携帯が壊れるかと思うほど、携帯の向こうで動揺していたが、棺桶の中に流し込まれた塵を見て「応急処置としてはなかなか完璧じゃないか、ポール君、焦るようなことはなにもないから心配するな」と言って、そうそうに帰っていた。説明責任を果たさない親子だとロナルドは少しイライラする。
「時々あるんだよねえ」
ジョンには心配かけたかもねぇ、と三日ぶりの主人の腕の中で丸まっているジョンを見下ろすドラルクの視線は優しい。
「時々あるのか、こんなことが」
「あるある。バグっていうかさ、なんか再生するのにすごく時間がかかる時期っていうのがくるんだよね」
「なんか、てめぇが調子悪いとかじゃねぇんだな」
自分の声が思いの外安堵の響きをしていて、ロナルドは少し嫌になった。ドラルクもそれが珍しかったようで、心配してくれてるの? とからかうようにニヤニヤ笑うので殴りそうになったが、また三日も塵になられては困ると思って我慢した。ドラルクが塵になるのは一向に構わないし、三日くらいコンビニとギルドの飯を食べるくらいはどうってことないが、ジョンが悲しむのはいただけない。
「お前が死んだら、ロナ戦はどうすんだよ」
「ロナ戦に、私はもう不可欠だもんなぁ」
ムカつく。ドラルクを殺せないのはストレスがたまる。再生に時間がかかる時期というのはどれくらいですぎるのかと聞いてもドラルクの答えは判然としなかった。以前そうなった時はかなり子供の頃だったようで、正確な記録や記憶がないとかどうとか。ドラウスに聞けばわかるだろうが、あの親バカすぎる彼の態度を考えると本当に大したことはないのだろう。
ロナルドは胸を撫で下ろした。その時期があまり長く続かなければいいなと思うくらいだった。
ロナルドは事態を甘く見ていたことをすぐに痛感した。ドラルクの死にやすさは尋常ではないと知っていたのにも関わらず、いざ再生に三日や四日かかるととんでもなく不便だった。平均一日二十死くらいすると口にするドラルクはロナルドが殴らなくたって一日に一回は必ず死ぬのだ。もはや、彼とはタイミングが合えば週一で会える時がある、という感じになってきた。たまに食事を作り終わるまで死なない時があるようで、家に帰るとダイニングテーブルの上に夜食が用意されている時があった。ドラルクは家か事務所のどこかで必ず塵になっており、それをかき集めて棺桶に流し込むのはロナルドの新しい習慣になった。ロナルドは集めた塵を棺桶に流し込んで、夜食を温め直し、ジョンと食べる。
「ドラ公の飯、やっぱうまいな」
独り言に近い言葉に、向かいのジョンが嬉しそうに鳴く。ジョンがいてくれることはロナルドの気持ちをいくらか慰めた。もともとこの物件に一人で住んでいたことが思い出せなくなっていて、寂しさを覚える自分に嫌気が差す。あの吸血鬼がいないことで部屋も広々使えるし、ゲームの音でイライラもしない。配信をしてるんだからと文句を言われることもない。家の中は多少荒れたが、文句を言われるほどにドラルクと顔を合わせている時間がないので、自分で出来ることは自分でやるようになった。ドラム式の洗濯機を回して干す。ジャケットや帽子はクリーニングに出す。ほつれた衣類はそのまま捨てるか部屋着にした。たまにボタンがつけられていることがあり、ロナルドはドラルクのいる痕跡を感じてしばらくそのボタンを見つめて撫でたりもした。
ドラルクの再生速度は一向に治らないどころか、どんどんと間延びしてきていることに気がついたのは月のカレンダーをめくり忘れていたからだった。二月前のカレンダーがかかったままの壁を見つめながらロナルドは血の気が引いた思いがした。カレンダーの日付を目で追いながら、ドラルクともう三ヶ月、顔を合わせていないことに気がついた。その間、ドラルクが何かしらの生活をしていた痕跡がないことにその時ようやく気がついたのだった。
ロナルドは慌ててドラルクの親族に再び連絡を取った。ロナルドの態度からそれなりに切迫したものを感じたのか、ドラウスはやってきた。それから棺桶の中にいる塵に手をかざしたり、触れたりしてしばらく黙った後で、言った。
「何の問題もない。昔もあった」
「三ヶ月だぞ、何の問題もないわけあるか」
そうくってかかるとドラウスは意外なことを言われたという表情を浮かべた。
「三ヶ月くらいなんてことはないだろう。場合によっては二十年や三十年に復活しないというのもよくあることだ」
ドラウスの言うことをまとめると、本来吸血鬼は死んだらすぐには復活しない。その復活に何年もかかるというのはざらにあるのだそうだ。ドラルクも幼い頃にかつてそういうことがあったが、十年程度で収まったらしい。ただ、ある程度成長しきった吸血鬼がそうなると、子供の頃の比ではなく時間がかかる。どれくらいか検討はつかないが、必ず元には戻るということだった。それがいつかは確約できないし、再生するまでの期間はもっと伸びて行くだろうと言われる。
「具体的に何年くらいが上限なんだ」
「どうだろうなあ、百年はないだろう。四、五十年がせいぜいだろうな」
大した年月ではあるまい、とロナルドの目の前で笑う高等吸血鬼にロナルドは頭を殴られたような気がした。いつから生きているのかわからないほど長く生きる彼らに取って、五十年は瞬きの間なのだろう。だがロナルドにとっては違う。
ドラウスは大体のスパンを計算してくれた。ありがたいことだ。これによってロナルドがあとどれくらいドラルクに会うことができるかわかる。B5のノートに書かれた頻度と年月をロナルドは計算して、数えた。そしてその回数が両手で収まってしまうことに、ひどく驚いた。
半年ぶりにドラルクに出会ったのは、事務所を閉めた深夜のことだった。棺桶の中からガタゴトと音がしたので、ロナルドはドラルクが死なないように細心の注意を払って、ドラルクに話しかけた。それから事の顛末を話すと、ドラルクは随分と落ち着いていた。ジョンに寂しい思いをさせてしまうねえと笑うので、殺したいと思ったが、両手を満たさない回数を減らす気にはならなかった。
「俺が生きてる間にお前と会える回数はもうそんなに多くない」
そう切り出すと、ドラルクは心底驚いた顔をした。
「人間の寿命ってそんなに短いの?」
「五十年眠ってられると半分は過ぎちまうな」
だからきっとお前と顔を合わせる回数はもうそんなに多くないぜ、とロナルドは笑った。笑い声は随分と勢いのないものだったが、笑わずにはいられなかった。こんな顛末を真っ正面から受け止めてどうしろというのだ。大袈裟に悲しめとでも言うのか。そんなのはごめんだった。
「君が死ぬところを見るのかなあと思ってたんだけどねぇ」
ドラルクはあっさりとそんなことを言う。
だからロナルドもなるべくあっさりと聞こえるように答えた。
「俺もまさか、お前に先に死なれるとは思ってなかったぜ」
「なんかその発言、語弊がない?」
「似たようなもんだろ、お前が死んでる間に俺は死ぬんだからよ」
吸血鬼と人間だから当たり前のように自分が死ぬその直前まで、なんとなく馬鹿をやっているのではないだろうかとロナルドは思っていた。少なくともドラルクが飽きるまでは。自分の人生からこんな形でドラルクが退場することになるとはかけらも想像していなかった。なんだかひどく焦っている。けれどもどうしようもないことがわかる。吸血鬼と人間は似ていても違う生き物だからだ。
両手に満たぬ回数の最後の一回にロナルドは幸運にも居合わせた。ドラルクは夜食を作っている最中で、ロナルドはドラルクと他愛もない話をしていた。お腹が空いたなーとジョンを撫でながら言うと、ドラルクは少しくらい待てないのかと仕方なさそうに言った。
ドラルクが復活して、その間に会話をしていると、まるで止まっていた時間が動き出すような気がロナルドにはする。ドラルクは先ほどまで人間からしてみれば随分と長い間死んでいたのに、ロナルドと今日の朝、おやすみの挨拶をして、同じ日の夜にまた目が覚めたというように変わらない。実際ドラルクにとってはそうなのかもしれない。ドラルクは棺桶から目覚めて、ロナルドの様子を見て「人間って本当に年をとるんだねぇ」なんて呑気に言っていた。
ご飯でも作ろうかと言ったのはドラルクで、それいいな、とロナルドは答えた。ドラルクがあまりにも長い間いないので、ロナルドは多少の料理ができるようになってしまったし、ドラルクだけが使っていたのであろう凝った調理器具やらも基本のものだけを残してほとんど処分してしまった。目が覚めるたびに減って行く調理器具にドラルクは文句を言いはしたが、かといって怒りはしなかった。「ロナルド君は不器用だからね」と仕方なさそうに笑う。
油をフライパンにしいて、肉を焼いて、はねた油が腕について「あつっ」とドラルクが言った。もう随分と聞いていなかった塵になる音が、油の跳ねる音の合間に聞こえた。
それが最後の一回だった。
「最後にドラ公の飯、食いたかったな」
もう味忘れてんだもんな、とロナルドはジョンを撫でていた手を止めて、そうぽつりと呟いた。