ツイッターでドラロナ同一タイトル縛り企画やったので、それで書いたやつ。嘘予告二人の出会いみたいな感じの話

地獄でなぜ悪い

 油断した。
 ロナルドは舌打ちをして、銃を相手の口にねじ込んで引き金を引く。相手は衝撃にぐらりとかしいで、そのまま倒れるかと思ったが、ぎりぎりつながっている頸椎に頭をぶら下げたまま、ぐらぐらと組みついてくる。
 息を深く吸って相手の胴に蹴りを入れ、魚の骨のような頸椎を撃ち抜くと相手は体を痙攣させて向こう側へと倒れ込んだ。朽ちた床から埃が舞って、細く差し込む薄い光に反射している。
「あー、くそ」
 ロナルドは細く息を吐いて、床に膝をついた。後ろから襲われて噛まれた脇腹からじわじわと血が流れて服を濡らしている。ゾンビ映画ならば感染確実だが、噛まれた相手は吸血鬼になり損ないのグールだ。なり損ないのグールはすべからく元人間であり、ゾンビなどではない。
 白夜の街から南に向かうことに二十キロ。それほど遠くはない郊外には人間がまだ今よりも世界に広がっていた頃の名残がある。今、ロナルドがいるのもそのうちの一つだ。
 神の加護をとうの昔に失った廃教会には、床中に吸血鬼に食事にされて殺された人間と、吸血鬼になり損なったグールの残骸が転がっていた。そのほかはロナルド自身が討ち倒した吸血鬼が残した塵が、埃と同じように積もって山を作っている。
 ロナルドは血を流して体温が下がっているのかだるさを感じる体を引きずりながら、朽ちた説教台の暗がりに隠されるように置かれた棺に向かう。
 先ほどまで脳内を駆け巡っていたアドレナリンはだんだんと引いていき、身体中のあちこちがズキズキと痛んだ。
 お前は額に汗を流してパンを得る。土に還る時まで。お前がそこから取られた土に。塵に過ぎないお前は塵に還る。
 かつてはここで朗々と唱えられていただろう聖句も、今は空気を震わせることはない。ロナルドは戦闘中に一度も蓋が開けられなかった割に、吸血鬼たちが重点的に守っていた棺の前に立ち尽くした。
 吸血鬼が棺の中で眠るのには色々な理由がある。生まれた土地の土を敷き詰めたその上で眠ることによって力を回復するからだ。だが棺桶の中で寝ている吸血鬼をその間に殺してしまうのも、スタンダードな吸血鬼退治の一例でもある。
 ロナルドはリボルバーの弾数を確かめて、棺桶の蓋に銃口をつける。ごとりと小さな音が鼓膜に落ち、銀色の銃身が光って見える。引き金を引くと、銃弾は簡単に蓋を撃ち抜いて、棺桶の中身に着弾したのか篭って間抜けな音を立てた。ロナルドは目を細めて、もう一度撃鉄を起こして、引き金を引いた。今度は空洞に響くような大きな音がする。棺桶の中で眠りについて吸血鬼の心臓に一発目の銃弾が運良く当たったとでも言うのだろうか。
 ロナルドは棺桶から離れて、足先で蓋を開ける。中身を覗き込むとそこにはさらさらとした銀灰色の塵が積もっているだけだった。
「なんだ?」
 ここ二週間ほど、この廃教会を根城にしていた吸血鬼の一団が大事そうに運んでいた棺桶の中身がこんなにあっさりと死ぬことなどあるだろうかとロナルドは疑問に思う。
 ぐらりと血を流し過ぎたせいでおぼつかない足元がたたらを踏んで、倒れ込みそうになったのを棺桶の縁を掴んでなんとか防いだ。その拍子に、血に濡れていた帽子の先や首先からぽたぽたと血が流れて、いくつかが灰の上に落ちた。
 その瞬間、落ちた血液にあつまるように、塵が動くのが見えた。
 しまった、とロナルドは舌打ちをする。塵になってしまった吸血鬼が蘇ったというのは聞いたことがないが、強大な力を持つ吸血鬼がそのような能力を持っていてもおかしくはない。人間と吸血鬼は別の生き物で、彼らは一度死から蘇っている存在なのだ。
 塵が細く尖ったシルエットを作り上げる刹那、ロナルドは銃の引き金を引いた。
 
 最初に目を覚ました時、目の前で血塗れのまま銀色の銃を構える彼を見て、ドラルクが思ったのは、殺される、という一言だった。実際彼が引いた引き金から発射された銃弾はまっすぐにドラルクの心臓を撃ち抜いて、ドラルクは間違いなく一度死んだ。自分が幾度も死んでは生き返る吸血鬼でなかったら、おそらくは吸血鬼退治人の彼に倒された吸血鬼の数が一つ増えたことだろう。
 とはいえいくらドラルクといえど、心臓に銀の銃弾を受けて、すぐに蘇生することはできない。したがって彼が塵の中から復活したのは、もう一度塵になってからしばらく時間が経ってからだった。
 復活した時に、血塗れの彼がいてまた殺されでもしたら困ると思ったのだが、ドラルクが復活する頃には彼の方が疲弊したようで、赤い衣装が返り血や自分の血で汚れた彼は死んだように朽ちた木造の長椅子に身を投げ出して目を瞑っていた。
 ドラルクは血の匂いがむせ返る空気を吸って辺りを見回した。棺桶ごと連れ去られ、復活をしたら、朽ちた廃教会で辺り一面の死体とぐったりとした退治人にご対面とは我ながらついてないとしか言いようがない。教会が吸血鬼にとって恐ろしかったのは、人間が信仰心を強く持っていたころの話で、今や彼らの信仰心は先鋭化されカルトになっているか、吸血鬼に対する恐怖心の方が強いかで、もはや十字架には何の力もない。
 ドラルクをさらった吸血鬼たちは、人間をさらっては弄んでいたようで、床には面白半分でそうさせられたのだろうグールや、食料となった人間が血を流して死んでいる。埃とは違う様子で積もっている塵は、この空間で唯一かろうじて息をしている退治人が倒したのだろう。
 地獄のようだな、とドラルクは思う。地獄に行ったことはないが、そういう場所の想像は大体つく。血と骨と苦痛にまみれた地の底だ。ここはそういう場所に酷似している。
 ドラルクも吸血鬼ではあるから血の匂いは好むところでもあるが、グールの匂いは生臭くてならない。マントで口元を押さえながら、長椅子に座り込んでいる退治人の元へと近寄った。遠く白夜の街から届く薄い光に照らされた退治人はひどく美しい造形をしている。銀灰色の塵が彼の流した血や大量に浴びた返り血にわずかにこびりついて煌めき、血を流し過ぎたのか少し青白く見える肌は血管がどこにあるのかすぐにわかる。
 銀色をした髪の先が血ですこしべたついているのに触れようと指を伸ばす。
「殺されたいか?」
 ドラルクがその爪先で退治人の髪に触れるのと、彼がドラルクの顎に銃口を突きつけるのは同時だった。ぱっちりとひらかれた瞳はドラルクの見たことのない青い色をしている。
「銃弾、入ってないんじゃないのかい?」
 リボルバー式の拳銃のシリンダーをドラルクは見ながらそう答えた。ドラルクの視界の中で見えるシリンダーに銃弾は込められてはいない。
「入ってないと思うのか?」
 見開かれ、こちらを見つめる彼の瞳孔は引き絞られて瞬き一つしなかった。血で固まったまつ毛がはっきりと見える。確かに弾倉の最後の一つ、今彼が引けば発射される銃弾があるのかないのか、ドラルクからは銃身に隠れて見えない。
「私はすぐには復活できなかったけれど、君はずっとここにいたということは、助けを呼べないくらい弱っているんだろう? 私を殺して復活をまた待つのは不毛だと思わないかね」
 助けを呼ぶのを手伝ってもらう方がいいとは考えないのかい?
 ドラルクがそう付け足すと、吸血鬼からそんな提案をされると想像だにしていなかったのだろう。彼は虚を突かれたように、瞬きを一度した。
 ドラルクは銃口を突きつけられたまま、彼と睨み合うこと数秒。退治人は分が悪いと思ったのか、ため息をついて銃口を下げた。ドラルクは何度死んでも復活できるが、怪我している人間はそうではない。時間的な余裕はドラルクの方があるのだ。それに気づいたのか、それとも彼自身、限界だったのか、疲れ切ったようにだらりと腕から力を抜いて、長椅子の座面に倒れ込んだ。
「確かにそうだ。俺が今お前を殺しても、復活前に失血死しそうだな」
 助けを借りる以外になさそうだ、とひどく悔しそうにいう退治人は、懐から力のない腕で、小さな通信機を取り出して、ドラルクに向かって投げる。
「周波数は合わせてあるから、救援呼んでくれ」
 そう言って、彼は目を閉じて、そのまま意識を失ったようだった。
「……思いきりが良すぎるな」
 ここにジョンがいればな、とドラルクは思っても仕方のないことを思いながら、意識を失っている美しい退治人の横に座り込んで、通信機のスイッチを入れた。

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