庭で花見をするだけの嘘予告ドラロナ
ギンリュウソウ
たとえ太陽が空から覆い隠されていても、植物は育つ。太陽を奪われた人間が、やがて太陽のない世界に適応したように植物もそうなった。あるいは人間よりも早く適応としたとさえ言えるかもしれない。すっかりと腐って崩れかけた木造りの小屋の暗がりに、うすく銀色に光る花が咲いていた。ぼんやりと怪しい光は下等吸血鬼たちの巣でもできたのかと最初は思われていたのだが、退治人たちが向かったところ、そこに生えているのは一風変わった草花だけで、それからこの場所は近くの街の人間からどことなく畏敬を持って捉えられている。
もっともロナルドはそんなことを気にはしないようだが、とドラルクはまだかろうじて縁側の形を保っている棚板に腰掛けて煙草を吸っているロナルドを見ながら思う。
「街の人たちが見たら、嫌がられるんじゃない?」
「退治人でもないやつがこんなところ来るわけないだろ」
危ねぇし、と煙を吐き出す彼の言葉は最もで、ここは街の外れ、白夜と本当の夜のちょうど境目にあるのだ。古ぼけた植物図鑑を読むのが好きな女が、この草花はこれではないかとロナルドに名前を教えたらしいが、ロナルドは草花の名前などやはりどうでも良いようだ。「とにかくなんでもねぇ植物ってことだよ」と彼は言う。
「君は十字架や銀の短剣や、聖句を使うくせに信心が足りない」
「じゃあ、お前ら吸血鬼は敬虔な生き物だから十字架で死にかけるのか? 違ぇだろ」
確かにそれは違う。ドラルクは頷いた。吸血鬼の歴史を紐解いても、人間が自分たちの進化の歴史を長い間信じなかったように、あるいはいまだに信じきれぬように、なぜ自分たちがそのようなもので死ぬのかの根本的な理由はわかっていないに等しい。ただ吸血鬼という生き物はそのようになっており、人間達が後から理由をつけた。たった二つの線を交えた図形が吸血鬼になんらかの妨害を与えているのは、彼ら人間たちが神を発明するよりもずっと昔からのことだったというのに。
ロナルドは銀色に薄く光る花たちを神聖視してはいなかったが、特別に手荒に扱うつもりもないらしく、木の板からぶら下がっている足先が花に当たらないようにはしていた。彼がこの場所を好むのは、人気がほとんどないことも理由の一つだが、おそらくこの庭が存外気に入っているのだろう。時折気まぐれに草達に水をやっているのをドラルクは知っていた。
ドラルクの目に今日の月の光は眩しく、その下で冷たく光る草は海面に光があたって煌めくようにちかちかとしている。