ツイッターでドラロナ同一タイトル縛り企画やったので、それで書いたやつ。 倫理観のない吸血鬼ロナルドくんと吸血鬼のドラルク
地獄でなぜ悪い
昼の太陽の光がどれだけ眩しく暖かいかを身を以てドラルクが知ることは永遠にないだろう。それはドラルクが日光に耐えるような体を持っていないからだし、彼はそれを悔しく思ったことは一度もなかった。ドラルクは自分ができないことを嘆くような性格ではなかったし、できないことがあるのならばそれに取り憑かれるよりも、出来ることを楽しんだ方が良いと考えていた。
だから、ドラルクの目の前でロナルドがあっさりと頭を割られて、嘆く暇も悲しむ暇もなく、それこそどこかの雑誌に連載される青年漫画のモブのようにあっさり死んでしまったとしても、彼がなぜ死ななければならなかったのかだとか、生きてて欲しかったのにだとか、悲しみはしなかった。しても意味がないとわかっていたからだ。
ドラルクの目の前にある選択肢は二つで、このまま彼を永遠の眠りにつかせるか、あるいは人間ではないものになって生きてもらうかのどちらかだった。三秒前までいつものように軽口を叩き合っていたはずの彼は、床ですっかりと沈黙していたし、割られた頭の合間からは血液よりもさらりとした脳漿だとか、豆腐みたいな脳みそだとかが見えていて、とてもではないがここから蘇生はできそうになかった。つまりは使い魔にすることもできそうにない。
彼は完全に生命活動を停止して、今頃はセロリ畑に到着してみじめに泣きわめいているかもしれない。別にドラルクはセロリ畑で恐怖に震えているかもしれないロナルドを助けようとした訳でもないし、そもそもあれはその場の出まかせであって、本当に人間が死後にセロリ畑や草原に行くのかも知らない。ただ彼を突然失わさせられたこの先を少し想像してみて、つまらないなぁと思った。ドラルクは床に仰向けに倒れているロナルドを見ながら目を細めて考える。
答えは三秒で出た。
なにせドラルクは享楽主義の吸血鬼だったので。
「また、君、街まで行ったのか」
シュバルツバルトの森の中には魔女が住んでいるとかつて伝承にあったように、この国の森は鬱蒼としていて暗い。どんな森の奥深くだって衛星写真でいける現代では、物理的にこの城にくるよりもネット上の地図からポイントをマウスのホイールで拡大するほうが簡単なのだ。昼間にしか運行しないバスで一時間半かかる街まで、ロナルドは簡単にでかけてしまう。それこそ事務所からヴァミマに行くくらいの気軽さだ。
「だってここなんもねーからつまんねーんだよ」
彼の私室から漂ってくる血の匂いはドラルクにとってはいかにも生臭くて耐えられない。また街から適当な女を見繕ってきたのだろうと思うとドラルクはため息をついてしまう。確かにドラルクは自分ができないことを嘆いたことはない。けれども、計算外だったと思うのは、吸血鬼に変化させたロナルドに日光耐性があったことだった。彼が吸血鬼になるには、ドラルクが思うよりも随分と時間がかかり、その間にシンヨコに存在していたロナルドに繋がる人間関係の糸はすっかりと断ち切れてしまった。だから、ドラルクは本当にゆっくりと、吸血鬼でさえも焦れるような時間をかけて変化する彼の遺体を、シンヨコから運び出して、それこそネット通販でさえ容易にはやってこれないような城にまでやってきたというのに、目を覚ましてしっかり吸血鬼らしくなった彼は、そんなことはどうでも良くなっているようだった。
「君がもう少し人間を尊重するならこんなところにいなくてもいいんだけどね」
別にドラルクだってこんなところにいるのは本意ではなかった。物流が張り巡らされ、交友関係がある日本の方がここよりも幾分か楽しいのは間違いがない。しかし高等吸血鬼というものは名誉と矜恃を重じている。すなわち誓約した事柄は必ず履行しなければならない。血族に新しい存在を一人加えるということはそれなりに重いことなのだ。
「人間を尊重、ねぇ」
「別に難しいことじゃないんだぞ、ゴリラだって出来ることだ」
ドラルクはロナルドの私室の惨状を見ながら、肩を竦めた。ドラルクが仕入れた仕立ての良いベッドのシーツは血にまみれてひどい有様だ。黒髪の女が一人、柔らかなベッドの上で事切れている。酷く暴れたのか、衣服ははだけて見るに耐えない。ドラルクは紳士的な行いを用いない同族のことを軽蔑している。
「五歳児だって食事はもう少し上品にするだろうさ」
「そりゃ悪かったな」
死体を犯す趣味はなかったのだろう。日光の下を出歩く見目麗しい吸血鬼に惨たらしく食べられた彼女は、文字通り食べられただけらしかった。ロナルドは処女であるとか、ないとか、血の味にもこだわりはないらしい。ただ人間を食糧だと思っているだけだ。彼にとってこの行為はコンビニに陳列されたサンドイッチを選んで口に運ぶのと同じくらいの意味しかないのだ。
「本当に、君の食べ方はまるで幼児のそれだぞ」
私が引き入れた同族がこんなに意地汚いなんて恥ずかしくて親族に紹介もできない。
そう言ってドラルクは死体の横で、服や顔が血で汚れたままベッドに横たわっているロナルドに近寄った。同じ温度の肌の上に散る乾いた血液は、あの日人間の彼が流したものとは全く違う。素手で彼の頰に散る血液を拭うとロナルドはくすぐたがって笑う。
「お前が勝手に吸血鬼にしたんだろ?」
俺は詳しくしらねーけど、と笑うロナルドの顔はかつての彼とは似ても似つかない。整った顔が歪むとひどく冷淡に見えて、なるほど彼がお人好しに見えていたのはひとえに彼の性格や善良さがなせる技だったのだろうとドラルクは何度でも思う。
その全てはあの日、人間として生きていた記憶とともに、割られた頭の隙間からこぼれ出てしまったようだけれども。
「そうさ、私が君を吸血鬼にしたんだ」
だから、とドラルクは口にする。
「わかっているだろう、ロナルド」
ベッドの上で不適に笑う彼の体の上に馬乗りになって、彼の頰を拭っていた指先をゆっくりと頤から首へと滑らせる。吸血鬼になってもなお血色の良い肌は触り慣れた感触をしている。喉仏を通って、鎖骨に触れ、ゆっくりと鼓動をうつ心臓の上にひたりと尖った爪先を当てる。
「君を生かすも殺すも、私の自由なんだよ」
ふ、ふ、と唇から吐息を漏らすと、体の下で彼は不愉快そうな顔をした。
「同じ穴のムジナだろ、俺たち」
「おや、君と私が同レベルだなんて、心外だなあ」
私はこんな動物的で汚い食べ方なんてしないさ、とドラルクは付け加える。ロナルドの食べ方といったら本当に食べ物に執着のない存在のそれで、食材の調達から料理法までてんでなってはいないのだ。
「だって、お前は俺が人間を殺したことを怒ってるんじゃねーだろ?」
ロナルドの発言にドラルクは驚いたように瞬きをした。ロナルドは自分の言った言葉が図星だろうと自慢げな顔をしている。ドラルクはそんなロナルドの顔を見ながら口の端をにやりと上げた。
「まるで動物園の動物が餌を食べるくらい意地汚いじゃないか。処女か非処女かくらい選びたまえよ」
ロナルドは面倒臭そうに上半身を起き上がらせる。その動きでベッドの端にかろうじて引っかかっていた女は床に打ち捨てられた。
「だから同じ穴のムジナって言ってんだよ」
「私は人間を襲って殺したりはしない」
面倒だもの、とドラルクは笑った。ドラルクは自分ができないことを嘆いたりはしない。それよりも出来ることを楽しんだ方が良いのだと理解している。だから割られた頭からすっかりと彼らしさを失ってしまったロナルドのことだってそれなりに楽しんでいる。
なにせドラルクは享楽主義の吸血鬼だったので。