悪い吸血鬼を退治してくれという依頼をうけているので大丈夫です

ある退治

 あ、あ、あ、あ、
 ロナルドの足元で床に縫い付けられている影は人の形をしていた。厚みもあるそれの胸には床から伸びた割れかけの木材が突き出ている。二階から一緒に落ちた肉体を飛び出た床材で貫くのには随分と力が必要だった。ロナルドはようやく終わりそうな仕事の気配に一息つく。
 ロナルドが踏みつけている肉体はまだ生きている存在特有の暖かさを持っているのだろうが、生憎ブーツの底を隔ててしまえばそんなものを感じることは不可能だった。
 しつけぇなあ、とロナルドはぽつりと呟いた。肉体を貫く木材は胃か肺か、ともかく内臓を傷つけたのだろう、声が漏れ出る度にごぼごぼと口内から血液があふれて床にこぼれていっている。
「君、ちょっと早かったんじゃないの?」
 語尾を伸ばし気味の声は上階から聞こえてロナルドは踏みつけていた肉体から目を離して二階の穴を見上げる。ロナルドは職業柄通常の人間よりも夜目がきくが、それでも吸血鬼には敵うべくもない。ドラルクの薄く光る瞳が二階に開いた穴からこちらを覗き込んでいることはわかったが、黒いマントがすっかりと彼の体を覆い隠しているせいか瞳以外は暗闇に紛れてよく見えなかった。
「お前が失敗したんじゃねぇのか?」
 そしたらめんどくさいことになる、とロナルドは眉を顰めた。足元の肉体は痙攣するのをいつの間にか止めており、呼吸をしているのかどうかもロナルドにはわからなくなっている。
「心外だなあ、そうだとしたらその人間に才能がなかったのさ、私のせいじゃあない」
 私はしっかり噛んだもの、と付け足すドラルクの瞳は細まっていかにも吸血鬼めいている。彼は正真正銘の吸血鬼ではあるが。
「吸血鬼退治人の仕事は吸血鬼を退治することなんだぜ……ん?」
 ため息まじりにロナルドがそう呟くと、ロナルドが踏みつけにしていた肉体がぼろりと崩れて端から塵になっていく。ざらりと音を立てて、割れた床板の下に落ちて行っているのだろう。ロナルドが踏み締めていた〝吸血鬼〟の残骸はみるみる小さくなって消え失せる。
「お礼は良いよ」
 君が人殺しにならなくて何より、とひそやかな声が上から降ってくるのをロナルドは塵になって消えていく残骸を見ながら聞いていた。
「俺は人を殺したことなんて、一度もない」
 そうだろう? と念を押すとドラルクの吐息が聞こえた。それがため息なのか笑い声なのかロナルドにはわからなかったし別段どちらでもかまわなかった。

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