一緒の生き死にについてピロートークする二人

till the day before your dying day

 君が死ぬ前に死にたいなあ、とドラルクが言ったのを聞いたロナルドは内心かなり仰天した。それもロナルドがドラルクを初めて自分の部屋に上げた、明け方近くのことだったので尚更だった。ロナルドはドラルクに、自分の家の窓は大きくとられているし、日当たりも良いし、カーテンも薄手のものなので、朝まで居たら塵になって終わりだぞ、と言い含めていたが、それでも行きたいとやんわりと、けれど決して引かない言動に押され、ロナルドは渋々ドラルクを自室に上げたのだった。別段、ドラルクを部屋に誘うのが嫌だったわけでも、見せたくないものがあるわけでもない。単純に、家のあちこちに仕掛けてある吸血鬼避け(玄関マットの下の十字架であるとか、扉や窓や換気扇などから霧に変化できる吸血鬼が侵入しないようにする聖灰など)を片付けるのが面倒くさかっただけだ。
 ドラルクが玄関から家に上がる前に三十分ほど玄関でたたせたまま、いろいろ片付けて(その間に疲れで死にそうになっていた)ドラルクを上げた後で、また仕掛け直した。ドラルクがこの家から帰る時も同じ手順を踏まないといけないのだと考えると億劫さが先に立つ。とはいえいつもドラルクの城でゲームをしたり、食事をしたり、セックスをしたりしているのだから、それを君の家でやってみたいと言われれば、まあ正直に、そして大袈裟に言えば、悪くない気分だった。
 実際にドラルクの城の客室にあるベッドルームとは雲泥の差のシングルよりはましという程度のセミダブルのベッドで、マットレスの硬さにドラルクが文句を言っているのを熱に浮かされながら聞くのは愉快だった。由緒ある高等吸血鬼だとことあるごとに言うくせに、ワンルームの狭いベッドの上で、大きく取られた窓に申し訳程度にかかっている薄いカーテンごしの月明かりに照らされながら、汗をかいて動いてるのを見上げるのは、自分にも似合わないし、ドラルクにだって似合わない。なんだか滑稽だ。
 ドラルクが帰ったらシーツを洗濯しないといけないと考えると、だるかったが、今日の快楽と差し引けば釣りがくるくらいだろう。朝方のゆるい青い光は薄いカーテン越しでは吸血鬼を殺しきれないので、ロナルドの隣でぎゅうぎゅうにひっつきながら横になっているドラルクの顔に少し影を落としていた。
「君が死ぬ前に死にたいなあ」
 独り言ではなかったのか、ドラルクはもう一度呟いた。ロナルドはベッドボードの上においてある煙草の箱に手を伸ばしてから、となりの吸血鬼が煙で死んでしまうのを思い出して、煙草を吸うのは諦めた。血流が良くなった後に吸う煙草はうまいのになあ、と少し惜しい気持ちになったが、それだけだった。
「お前は俺が死ぬ日も、死ぬ一日前も、それこそ今日だって死ぬだろうに」
 そもそもあと三十分もすれば太陽がのぼってきて、東南向きの窓から光がまっすぐにこの部屋に差し込んで、薄いカーテンでは防ぎきれない明るさのそれがドラルクを殺すだろう。これは予想ではなく、予定に近い。ロナルドはその様子を見てため息をついて塵を集め、缶につめて、シャワーを浴びた後でドラルクの城まで運ぶかもしれない。これはただの予想だ。ドラルクが頼めばしてやっても良い。死んだまま夜までこの部屋にいたいなら別にいても良い。一応ベッドの下だけは日が差し込まないので、吸血鬼避けだけ削ってからベッドの下に放り込んでやっても良い。
 そんなことを考えていると、ドラルクはまったくわかっていないというようにため息をついて肩をすくめた。動かした上半身がロナルドの肌と擦れて、ドラルクの体温の低さが心地よかった。
「君が」
 ドラルクの声音はロナルドへの好意と非難を混ぜた不思議なものだった。
「君が私と一緒に生きると言ってくれないから、私は君と一緒に死ぬ方法を探すしかないんだよ」
 穏やかで言い聞かせるような口調に、ロナルドは笑い出したくなった。別に今だってロナルドはドラルクに大きく譲歩している。吸血鬼退治人ロナルド様が、吸血鬼とコンビを組み、親交を深め、あまつさえ愛情を表して、交わして、こうして部屋にまで上げてやっている。自室で吸血鬼と寝る退治人のどこに信用が置けるというのだ。それをやってやっているというのに、これ以上を欲しがるなんて、吸血鬼らしく随分わがままだ。
「俺とお前で一緒に死ぬだぁ?」
 ドラルクが〝本当に〟死ぬなんて、果たして可能なのだろうかとロナルドはぼんやりと考えた。ドラルクのすぐに死ぬが再生をする性質をロナルドは隣で寝そべる吸血鬼以外に見たことがなかった。彼が長年の引きこもりから弱体化していたのは実際は不幸中の幸いで(ドラルクのいう「かつて」が本当にあったならばの話だが)殺しきれない吸血鬼というのは厄介に違いなかった。再生に時間がかかるのが唯一の弱点で、彼を塵にした瞬間に密閉した容器に閉じ込めて、永遠に封をするくらいしか退治方法は思い浮かばない。それでも密閉した容器を開ければドラルクは復活するだろう。彼を殺し切る方法をロナルドは時折暇つぶしついでに考えるが、これといった名案が浮かんだことはない。
 ロナルドがドラルクの「共に生きたい」に決して首肯しないのはもはや決定されていることだが、それと同じくらいドラルクが「死なない性質」であるのも決められている。彼はすぐ死ぬが、やがて必ず生き返るのだ。ドラルクはロナルドと共に死ぬことは出来ない。吸血鬼は奔放で執着心が強く、夢みがちで、わがままだ。ロナルドはため息をついた。煙草が吸いたかった。さきほど我慢をしたのが馬鹿みたいだ。ドラルクがこんな事を言い出すと知っていたら、先に煙で殺していた。
「大丈夫だよ」
 ドラルクはロナルドの言葉とその後の沈黙をどう受け取ったのか、蜂蜜みたいに甘い声でそう言った。
「死というものは、そんなに悪くはない。私はそれをもう嫌というほど知っているしね」
 別に死ぬ時の心配をしたんじゃねーよ、と窓から差し込む光がだんだんと明るくなっている部屋のベッドの上でドラルクの顔を見ながらロナルドは思ったが、口には出さなかった。もうすぐこの光がドラルクを殺して、ロナルドはその塵を片付けて、ドラルクの復活を待つだろう。
 いつかドラルクの言うように、ロナルドの死ぬ前にドラルクが死んだなら、その時ロナルドはドラルクの塵を集めないだろう。風に吹かれるままにしておくに違いない。そうしたら煙草を吸って、明日の自分の死に思いを馳せるだろう。死はそれほど悪くないと言ったドラルクの言葉を思い出して、そんなことはとっくに知っていると笑うだろう。
 吸血鬼は、奔放で、大概執着心が強く、愚かで、夢みがちで、わがままだ。
 だが退治人もまた、同じくらいに愚かで、夢みがちであることをロナルドはもう知っていた。目の前のもうすぐに死ぬ吸血鬼に、十分に理解させられていた。

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