初めてロナルド君の家に行ったら、何となくロナルド君の来歴などが垣間見えるけど、垣間見えるだけなのでちょっとむかつくなあって感じの話
部屋に手紙のある話
部屋の中は綺麗に整頓されていた。駅から歩いて十分くらいの、月の光がよく取り込まれる部屋だった。西向きの窓ガラスはアパートの古さに比べると随分と綺麗に磨かれていて、そこにかかっているカーテンは青い色をしていた。退治人が住んでいた部屋ではめずらしいことに青いカーテンは遮光性の全くないものだった。窓際に置いてあるベッドの上に、青く色づいた光が投げ込まれている。
ドラルクはそれを見て、最初に海のようだ、と思った。
ベッドの枕元にもは幾枚かの写真が飾られていた。水の中でどこまで続くかわからない深い開口や、遠くに見える大きなクジラの横腹、雨の日の深い緑の色をした海に紛れて光っているイルカの背、霧で霞んでいる水平線の向こうの陸地、甲板に横たわったアシカの上に雪が薄く降り積もっていて、夏だというのに冷気が伝わるようで、ドラルクは首筋に鳥肌が立っている気がした。
枕元に無造作に置かれている写真はどれもこれも海の写真だった。人は一人も写っていない写真たちは端が古びており、垢抜けない凡庸な構図は、この写真を撮った誰かがいるのだろうとそれだけを思わせた。
「海が好きなの?」
特に断りもせずにベッドに座り込んだドラルクに眉を潜めているロナルドを全く意に介さないままドラルクはそう問うた。ロナルドはドラルクがベッドサイドにある幾枚かの写真を目に止めたのに気がついたようで、「別に好きでも嫌いでもねぇよ」と言いながら写真を右手でさっとまとめて、裏返しに伏せてしまった。
カーテンが透かす月明かりが少しくすんだ白い写真の裏に投げかけられていた。ドラルクはロナルドからそれ以上話を聞き出せないだろうと思って、改めて初めてやってきたロナルドのこじんまりとした一室に視線を巡らせた。
部屋は綺麗に整頓されているが、生活感がないというわけではなかった。使いやすいところに使いやすいように物があり、それが結果的に気持ち良く目に投げ込まれている。髪の毛の一本すら落ちていない床、綺麗に整頓されてノートパソコン以外は置かれていない白いデスク、陶器のシンクは薄い緑色をしていて、水切り棚に並べられた真っ白な食器たちに埃は積もっていなかった。
人一人が暮らす分だけの過不足のない部屋だ。
だからそれはひどく目立って、枕元の写真と同様にドラルクの目を惹きつけた。キッチンに置かれた小さなテーブルの下に、銀色の一斗缶のようなものがひっそりと置いてあった。ドラルクは一瞬それについてロナルドに言及をするべきか悩んだ。そもそもロナルドはドラルクを部屋にあげることさえかなり渋っており、ドラルクが夜が明ける前に城にはたどり着けないというただそれだけの理由で押し切って部屋に上がっているので、ロナルドの機嫌を損ねたくないのもあった。最も部屋を深い青色に染め上げている薄いカーテンしか窓にかかっていないようでは、日が登ればドラルクは死んでしまうだろうからあまり意味はなかったとは思っているのだが。
ねぇ、あれ、何? 貯金箱?
人間からしたら真っ暗な部屋だろうにロナルドは、古いアパートの一室に不似合いなシーリングライトをつけていなかったので、ドラルクが何を指しているのか一瞬わからなかったようだった。ドラルクの白い手袋がわずかな光を帯びているのがロナルドの目に入ったのか、ドラルクは判断がつかなかったが、ロナルドは数秒後にはドラルクが何を指しているのか気がついたようだった。
彼は一瞬、遠い過去を思い出すように目を細めた。それからすぐにその銀色の缶から目をそらして、ひどく冷たく吐き捨てた。
手紙が入ってるだけだ
それからさきほど裏返した写真を手にとって、小さなテーブルの下に置いてあった缶を手に取った。右手で持っていた写真を口に咥えて、缶の口に手をかけた。少し錆びかけた底面とは裏腹に、蝋でも塗ってあったのか、音もなく缶はするりと開いた。空いた蓋の隙間からは折り畳まれて積み重なった封筒が見えた。
「ガラクタみたいなもんだよ」
まるでゴミでも捨てるような仕草で、ロナルドは開いた缶に写真を放り込む。ドラルクはその缶の中にたった一本の小さなマッチを放り投げたら彼は怒るだろうかと、ふとそんなことが気になって仕方がなくなった。
じりじりと月の光が背中を焼いている気がしてならない。